アシュタサポテ :: 過去の日記 :: 2000-06

日記 :: 2000-06


2000-06-02

 比較のための物差しというと色々あるんですけど、例えば「広さ」或いは「狭さ」ですね。これだと「心」とかも測れるみたいですけど、僕がここで言いたいのは唯物論的なそれなので、せいぜい「顔」で止めておきたい(←セーフ)。それで僕の棲息する部屋、まあ部屋と言うのもうーろんがましいので(「分かる奴だけ分かれ」という態度は良くないと思います)、小部屋とでも言っておきますか。「でじこのこべや」とかそういうアレです。ま、残念ながらでじこもぷちこもいねんだけどな。でその小部屋は6畳という広さ、或いは狭さな訳だ。メモとったか? とった? じゃ捨てろ。役に立たないから。

 えー、そいでこの小部屋なんですけど、スペースの大半は本棚3つ・クローゼット・ベッド・机という家具によって既に売約済み(先着順)。その上残った場所には本棚に収まりきらない本や雑誌やCDが乱雑に積み上げられているので、もう誇張抜きに足の踏み場もないです。一歩も。で、ここで人並みに生活しようとなるとどうしても床の上の本の山を幾つかどかさなければならないんだけど、どかそうにも場所がないので一時的にベッドの上に移したりする訳です。

 でもこのやり方にも盲点がある。つまり、今度は寝る時困るんだな。ベッド上の山を元の場所に戻すのだってひと苦労だし、特に疲れて眠い時なんか面倒臭くてそれ絶対やりたくないですから。本棚とかは仕方ないとして、物置でしかないベッドにこれだけの面積を占領されるというのはかなり腑に落ちません。部屋の広さ或いは狭さに比してベッドがデカすぎるんですよね。だから結論としては「ベッドのお蔭で寝る場所がない」という果てしなく頭の悪い居住空間がわれわれを待ち受けている! いや、主に僕だけを待ち受けている。

 たぶんあれだな、俺人権ねえな。この部屋で。明らかに本が主役だもん。だから残された役どころとしては「多数を占めるに植民者に生活を圧迫される先住民」とかその辺。で一個体っつうのがまた弱い! 増えねえからな、数。アメーバとか羨ましいってば(←そ、そこまで思い詰めていたのか……)。その癖本は増える一方でしょ。

 例えば先日すごく泣ける古書カタログが届いてまして。いやカタログ自体は普通なんですけどね、フィリピンとかの言葉で。それはタガログですけど。ワープロ打ち40ページくらいの冊子で、字は細かいし誤植てんこ盛りで、カタログぐれえまともに作れよバカとか苛々しながら一応最後まで目を通すとですね、最後のページに付箋みたいな小さな紙が貼ってあるんですよ。曰く――

 「●甚だ身勝手なお願いですが、出来うる限りの努力いたしますが、私来年米寿の夫婦二人の仕事の為、送本遅延ミスなど仕勝ちです御寛容切に心からお願い申し上げます。」

 だー。泣けるだろ! オイ! 泣けれ! お爺ちゃん(87)が一生懸命ワープロ打ってんだよ! お婆ちゃんと助け合って! 薄汚い古本屋で! やっぱお年寄りは労わらなくちゃダメっすよ!

 と情に流されて注文しちゃったりすると本の山がまた高くなって、先日遂に、部屋を出る時にドアをバタンと閉めた衝撃で内部で雪崩れが発生、崩れた本の山に内側からロックされて自分の部屋に入れないという事態に。ロックアウト俺。ほらね、やっぱこの部屋の主役は僕じゃなくて本なんですよ(敗退)。大笑いですね。ていうか、全然笑えなかったです。

 それでドアの隙間からハンガーとか入れて向こうの山をちょっとずつ切り崩す作業を延々続けたんですけど、人間て不思議なもんで、こういう危機的な状況に直面すると次第に発想が大胆になりますね。初めは「窓から中に入れないか」とか考えたんですけど、次第に「ドアをぶち破るのはどうよ?」という方向に向かい、やがて「体をちっちゃくする方法ってなんかあったっけ?(→参考文献)」説が有力視され、最後には「時を戻すって、アリ?」とか大真面目で考えてんの。いや、ほんとその時はハンガーでコジコジやるより時戻すほうが簡単カナって気がすんのよ。君もやってみ? レッツロックトアウト(受動態で)!

 で結局何が言いたかったかというと、「少しは部屋を片付けろ」という親の意見を僕が代わって言ってやったような次第ですね。言われてるのも僕なんだけど。親孝行にも程があるっつうの。


 つうか明らかに物理的な積載量を超えてんだよなあーーー。レビユウーーー。

『檸檬~影絵亭ノスタルジヤ~』('00 13cm)

 かつて、TVゲームと運動が相容れないものと考えられた時代があった。「こらタカシ、いつまでファミコンやってるの! グランド10周でもしてきなさい」「違うよ母ちゃん、これプレステだよ」「いいから兎跳び2000回」「ちぇっ、わかったよ。鉄ゲタ出しといて」といった遣り取りは(a)誰しも一度ならずしたことがあるだろう。この難問を解決すべく「ファミリートレーナー」が発売されたことは(b)記憶に新しい。また続く『スト2』に代表される格闘ゲームの流行は、ゲーセンで出会った者同士が実技で(c)美しい友情を育むという社会現象を生み出したが、ただそれは刑事事件に発展しかねない危険性も含んでいた。『ビートマニア』『ダンス・ダンス・レボリューション』といった音ゲーが、この欠点を解消すべくリリースされたものであることは(d)周知の事実である

 上記の「身体」と「ゲーム」を巡る表出史には一ヶ所間違いが含まれているので、気になる人は適当に指摘してください。さてしかし、僕はこのようなゲーム史においては完全に見落とされてきた一つの可能性をここですくい上げたいと思う。そう、エロゲーである。世にTVゲームは数多あれど、エロゲーほど身体性を濃厚に帯びたジャンルが他にあるだろうか。

 なるほど、エロゲーの持つゲームとしての身体性・肉体性は、他の運動ゲー(とでも差し当たっては呼んでおこう)とは若干異なる。その最大の相違点は、後者においてはマットや専用コントローラーという入力デバイスを通じて運動がゲーム内容に直接反映されるのに対し、エロゲーではその間の接続が全く要求されない(プレイヤーの意思に一任されている)ということだろう。しかしこれを以てエロゲーの身体性を否定することはできない。僕がここで言いたい「身体性」とは、ドゥルーズ=ガタリ的な意味で<ゲーム-機械>と<プレイヤー-機械>を接続するということなのだ。だから僕はエロゲーの持つこの身体性を高く評価したい。たとえその運動がせんずりであったとしても。

 ……前置きが長くなったが、『檸檬』である。大正時代のカフェを舞台にした作品だ。主人公はカフェ「影絵亭」のオーナーとなって、5人の女給と夜な夜なやりまくる。それだけ。という、ストーリーもへったくれもない至って健全なエロゲー。女給を選んでシナリオを選べばあとは自動的にエロシーンが展開されるという仕組みなので、プレイヤーの努力はひたすらゲームを続けてCGとシナリオを全制覇することだけに傾けられる。あ、あとはオナニーな。

 このゲームの最大の特長は、やはり声だろう。僕はエロゲーでフルボイスというと余り良い思い出がないので(『Eye's』とか)、声が入っていてもスキップするかOFFにしてしまう事が多いのだが、この作品に関してはそうは行かなかった。何しろエッチシーンがどれもCG1枚。変化すれ! と怒り出したくなること必至なのだが、まあ待て青年。そこで出て来るのが声なのだ。そうがっつかずに耳を傾けてみたまえ。声優さんたちが絵の少なさを補わんばかりに大奮闘してくれているぞ。特に明夏、お前その熱演ぶりは一体何事だ。

 「ああん…幸せ…隆一郎のものって…こんな味…だったんだ…」「…うちゅ……男の匂い…味…舌触り…全部…大好き…なの」「…あふ…このまま…ずっと…しゃぶっていても構わないわ……」「…ん…んく…でも…先っぽだけ…咥えちゃおう……」「ああむ……それで…こ、こうやって舌で……ぺろ…先を舐めちゃうんだから…」「…んふふ……ろお、ひもひいいれひょう……?」

 こんな調子で延々続く。まあこればっかりは実際に聞いて頂かないと、幾ら書き写してもバカバカしくなってくるだけで一向に凄さが伝わらないのが僕は悔しくてならないのだが、非常に興奮させられると同時に「この声優さんに一体何があったのだろう……」と心配させられてしまうほどの迫真の演技なのだ。これは一聴に値する。

 かくして目と耳という器官を通じて身体とゲームが<接続>される時、<欲望する機械>としての<陰茎-機械>と<手-機械>が現出し、プレイヤーの欲動の<流れ>が充実身体の上を流れる。これはビーマニなどよりも遥かに直接的な<器官なき身体>への接近と言えよう。その意味で、僕はこの『檸檬』をエロゲー初の本格的音ゲーと位置づけたい。<どの意味で?

 ただその際注意しなくてはいけないのは、例えば「大きすぎて口に入らない☆」とか言ってるわりにしっかり喋ってるのはなんでだとか、汁音がすごいリアルなんだけどやっぱこれは自分の指とか咥えながらやってんだろうか、素晴らしい演技であることは確かなので僕は賛辞を惜しまないつもりだけど、録音の現場を親が見たらたぶん泣くよな、つうかすごいじゅるじゅる言ってんのはやっぱ唾液出し用に梅干とか用意してんですかね、いやーこの場合はレモンでしょ(爆笑)。といった方向に妄想が進み出すと、ゲームにもオナニーにも集中できなくなるという点だ。従って筆者としては、上記のような哲学的思考を展開する主観の明証性を超越論的に還元した上でプレイすることをお勧めする。

 ということで、「オナニーは集中力が肝心だ」というのが今回の結論だ(低脳)。いや、まあ、正直特に言うべきことのない作品なんですよハイ。ただ一つ言っておくと、起動画面の絵がスゲエ綺麗で気に入りました。僕的にはあれだけで合格点。あとは別にどうでもいいや。

 ところで昔の映画雑誌を読んでいると、ピンク映画やにっかつロマンポルノの紹介記事で「艶技」って言葉に少なからずお目にかかるんですよ。「昨年『昼下りの絶頂』で待望のカムバックを果たした小川恵。最新作となるこの『濡れた唇しなやかに熱く』でも、期待通りの大胆な艶技を披露している」とか。こういう言葉は復活させたいですね。「このエロゲーは声優の艶技が素晴らしい」とか言って。あと関係ないけどロリロリなポルノ女優さんで「蘭童セル」って名前の人がいて、このネーミングセンスは秀逸だと常々思っています。『(秘)犯しの現場』('81)という作品をぜひ観てみたいです。


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作者:林
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最終更新:Thursday, 27-Apr-2006 04:28:25 JST