読書ノート。
モーパッサンの件( see also: 2006-11-14, 2006-11-21 )でたまたま手に取ったので再読。所収全 21 篇の原著年は書かれていないし、調べる気もないが、解説を読む限り 1910 年代と思っておけば大体間違いないだろう。
読んで、面白かった、というだけで、特にそれ以上思うところはない。話はどれもよく作られているし、平明簡潔で読みやすく、且つ程よい密度を保った文体がその効果を高めている。比喩は巧みだし、笑わせるところやぞっとさせるところがあり、皮肉な調子ではあっても基本的には人畜無害で、読後感も悪くない。小説の技法を勉強したい人はお手本にすると良いと思う。こういう本も勿論世の中にあってもいいと思うし、必要な場面さえもあるのだろうが(女主人が客人のベッドのサイドテーブルに置いておくとか)、それでも、俺にとってはあってもなくても変わらない本だと思った。
どうもこれは「小説」というものに対する典型的なイメージに、かなり完全に合致する作品だという気がした。つまり世間には「小説が好き」「読書が趣味」「活字中毒」と自称する人たちがいて、そういう人が読んでいる小説というのはこの種の小説ではないかというイメージがある。そう考えると俺は結局小説が好きではないのかも知れない。
もう少し具体的に言うと、サキを始めとして俗に「短編の名手」と言われる作家の系列があるわけで、例えばオー・ヘンリー、ロアルド・ダール、ジェフリー・アーチャー、サマセット・モームもそう呼ばれることがあるようだ。と並べてみてなぜか英米文学に固まっているのは出版業界や所謂「読書界」の形態の問題が絡んでいるのかとも思うが、それはともかくとして、これらの作家の一人として俺は好きではなく、少なくとも高く評価していない。いずれも、「良く書かれているので読んでいる間は面白いが、読み終わったらすぐに忘れる、一時の慰みとなる読み物」だと思っている。そして、俺は暇潰しだったら本なぞ読むよりもっと面白くて手軽で疲れないことが幾らもあると思っているので、そういう本を好まないし、実際読まない。以下、気になったところを羅列。
「二十日鼠」における列車の車室の説明:
(……)車両も通路とは往き来ができない旧式のものだから、半分個室みたいなこの車室にはほかの乗客が入り込んで来る恐れもなかった。( p.24 )
この本に収められた「話し上手」も同様のシチュエーションなのだが、この設定は、まず 1) 駅に着くまでは外部から人間が入り込まず、 2) 内部の人間が外に出ることも出来ない、という一時的な密室状況を作り出す。加えて、 3) しかし飽く迄駅に着くまでのことなので、プロットの展開には時間制限が生じる。また、 4) 列車だからそもそも乗り合わせているのは赤の他人である。これは確かに短編小説にとって魅力的な舞台だろう。要するに先日の「小説における閉鎖空間(の作り方)」の話である。
猫小説「トバモリー」はかなり好き。人々がプライバシーを暴露され(されそうになり)恐慌に陥るという話なのだが、ところで実際にトバモリーが話してしまうのが、「私生活」と言うよりは個別の「陰口」だという点がちょっと気になった。
「毛皮」の:
バートラム・ナイトというおじいさんが今アルゼンチンからイギリスに来てるのよ。母方のまあ遠い親戚なんだけど、大変なお金持なので、わたしたちも縁が切れないようにしてるというわけ。( p.135 )
バートラムが一攫千金を狙って、或いは放蕩の末に追い出されて、新大陸に渡ったものかは不明だが、「新大陸にいる金持ちの親戚」というのは、これも既に先日述べた通り確かに 19 世紀小説的な類型である。
なおこの作品は殆どが会話文で成り立っており、特に前半は女二人の対話なのだが、訳が非常に上手いと思った。他のを読んでもごく読みやすい適切な訳だとは思ったが、「わかるわかる」( p.137 )というのを読んで驚いた。会話をここまで自然な、それでいて俗につきすぎない調子で訳せるというのは、大変な力量だと思う。
「ショック療法」の:
ヘザント夫人は、宝石をめぐってはらはらするような事件が巻き起る小説や芝居を次々と思い出した。( p.185 )
えーまあ、ここまで読んでこられた読者諸賢におかれましてはもうお分かりのことと存じますが、勿論俺はモーパッサン「宝石」「首飾り」を連想したのである。 19 世紀小説における「宝石」というのは、ブルジョア社会における金の代替・相当品であり、同時にフェティシズムの対象ともなる、といった意味でそこそこ面白いテーマかも知れない。更に遡ってバロックの金貨(兌換貨幣)からずっと追って行けば、結構大きな研究対象ともなるだろう。俺は余り惹かれないが。
読書ノート。
まず問題なのがこの作者の名前で、訳者の「緒言」によると「彼の本国のノルウェイのよびかたでは、ヒェランといふのが正しいのださうである」( p.9 )が、この英語風の訓みの方が我が国で通用しているので、本書ではこれを用いる、と言う。加えて「聞けば、ノルウェイに近いデンマルクやドイツでは、キェランとよんでゐる」( p.9 )とも言うが、尤も Kielland はドイツ語で発音して今の慣用に沿ってカタカナに写せばキーラントだろう。更に困ったことには、俺の持っている 1996 年の 10 刷のカバー見返しには「正式にはシェラン」とある。まさに諸説紛々、「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」である(但し、ノルウェー語は知らないが Kie で「シェ」とは発音しないと思うので、流石に最後のは間違いだと思う)。今検索してみた限りでは、どうやら「ヒェラン」が最も穏当のようだ。
所収の 9 篇のいずれも原題と初出年が書かれていない。そもそも前述の引用の通り訳者はノルウェー語が分かっていないようだから、恐らくこれは英訳辺りからの重訳ではないかと思う。「緒言」を読んで分かるのは、「千八百七十九年」の「最初の短篇集から、其の多くを取つてゐる」( p.6 )というところまでである。とにかく 1870 年代末から恐らくは 1880 年代に書かれた、この作者( 1849-1906 )の初期の短編と思っておけば良いだろう。
総体として、最後の「ワアテルロウの戦」だけはちょっと良かったが、概ねどれも物足りないというか「えっ、これで終わり?」というか、或いはフランス風の気の利いた短編小説を書こうとしてそこまで辿り着かずに力尽き、その癖細部では微妙に光るものがあるように思わせないこともないのがいよいよ以て中途半端な、そんな本だった。翻訳はひどい。古いから読みにくいといった話ではなく、これはもう単純に訳者の語学力と日本語力の問題だと思う。以下各論。
「枯葉」。サロンの一隅に架けられた絵画の描写から、次第にその絵画自体の中に入り込み、描かれた恋人たちの別れの情景が語られる。ごく他愛のない小品だが、例えば『ダフニスとクロエー』が修辞学の伝統に則り作者が絵画を見るところから始まり、そこに描かれた恋人たちの物語が語られて行く、という形式をとっていたことを思い出すなら、手法的には一定の伝統を背景にしているのかも知れない。考え過ぎだろうか。
「牧師館」。本書に収められたものの中では 2 番目に長く、「枯葉」と違ってまともな筋の展開がある作品。北欧の田舎の自然描写から始まるのだが、「雲雀が名誉にかけて、今が夏の最中であると言ひ触らしたりする」、「田鳧は(……)もともと雲雀をあまり信用してゐなかつたので、 "Bi litt! Bi litt!" (ちつと待て! ちつと待て!)と其の用心深い言葉を度々繰り返した」、「二羽の鴨は沼の窪んだ所に身を擦り寄せて蹲んでゐた。年上の方は、春は雨が降らなければ来はしないといふ意見であつた」( p.22 )……という叙述は、先日のガルシン「夢がたり」( see also: 2006-11-18 )と同じ、田園の小動物の会議である。
田舎の牧師館で牧師の父一人の手によって俗世間から隔離されて育てられた清純な娘が、都会からやって来た青年の気紛れな誘惑によって恋を知ってしまう、という話。牧師館を去った青年がいとも簡単に彼女を忘れるのに対し、彼女はいつまでも彼を思って苦しんでいる、という終わり方で、なかなか冷酷というかペシミスティックな、突き放した物語である。
最後はまた自然描写に移って、その中で悲しむ娘の心が描かれる。つまり中心に話を据えて前後を自然描写で挟んだような構成になっているのが、趣向と言えばまあ趣向である。自然描写にはなかなか光る箇所がある。例えば:
藪でも木でも葉は長雨の後ですつかり膠附けみたいになつた。そして霜が幾らかそれを乾かしたかと思ふと、ちよつと風が吹く毎にかたまつて地上に落ちた。( p.48 )
「『希望は四月緑の衣を着て』」。快活で社交的な兄と野暮ったく内向的な弟が舞踏会に行く、しかも兄の恋人に弟も内心惚れている、というのは、カインとアベルまで遡って良いかどうかは知らないが、或る程度類型的な設定と言ってよいと思う。そしてこういう時には無論弟の方が同情的に描かれるのである。筋としては展開がないまま終わっており、一種の気分を書いた短編。とりたてて佳作とは言えない。
続く「祭で」「舞踏会の気分」「午餐の後」の 3 篇は、パリに舞台を設定し、フランス人を主人公に据えている。またこれに「良心」を加えた 4 篇は、貧しい民衆への同情心といったものを主題としている。まず前者について言うと、「緒言」によれば作者は「フランスで幾冬かを過し」( p.5 )、「フランスの第一流の作家達と親しく交はつて」( p.6 )いたそうなのだが、それにしても近代国民国家文学で特定の外国を舞台にその国人を主人公に据えてしまうというのは、歴史小説を書いたり象徴性・寓意性を求めたりした場合を除けば原則として例外的な事態なので、これは辺境国の後進性かと思う。
次に民衆への同情ということだが、特に思想的に深められているわけでもなく、感傷的になってみたり、時に慈善に潜むエゴイズムを些か皮肉な筆致で描いてみたりする程度である。当時の知識人としてこの「問題」に触れずにいられなかったのは理解できるし、今から見てそれを嗤うのは不当だとも思うが、既成の「問題」の周りを低徊しただけの作品が大した価値を持ち得ないのもまた自明である。「舞踏会の気分」に次のような一節があって:
われわれのやうな書物と噂とから知識を得るものが、大都会の貧民窟を想像するには、極端まで想像力を働かさなければならないが、しかもなほ我々の最も恐ろしく想像したものも、現実の前では色を失ひ勝ちである。( p.78 )
そこまで分かっているならやめておけ、と言ってあげたい。
「祭で」。パリ近郊、「サン・ジェルマン・アン・レイエ」( p.68 )に来た幸せな新婚の夫婦が、「毎年九月の第一日曜日にサン・ジェルマンの森で開かれる大きな有名な祭」( p.66 )、「ロウジュの楽しい祭」( p.68 )に出かける。と書いて今調べてみたのだが、それに相当するような祭に関する情報が出て来ない。書きぶりからして全く架空のものとも思われないのだが。
祭と言っても木に提灯をぶら下げて露店や見世物が出るような、庶民の集まる「市」( p.68 )に近いもののようだ。そのため、この夫婦がふとしたことから、調子の良い香具師や陽気な道化師が裏に隠した貧にあえぐ庶民の顔を垣間見て寂しくなる、というのが一篇の趣向である。
ところで、この作品は終わり方が奇妙だと思う。最後 3 ページは主人公たる夫婦が全く出て来ない二、三の場面の描写に移って行って、但し気分だけは持続したままで唐突に終わる。まさに「えっ、これで終わり?」である。浅学にしてこういうのはちょっと読んだことがない。
「舞踏会の気分」は、モーゼを追って紅海の波に呑み尽くされるエジプト軍を、荒れ狂う民衆に呑まれる貴族になぞらえるくだりが面白いと思った。紅海だから「血のやうに赤いといつも想像してゐた浪」( p.83 )で、共産主義革命の赤色のイメージと重なり合う辺りがちょっと秀逸。「午餐の後」は所謂「音楽の魔力」を描いた小説で、「イギリスの貧乏人」( p.91 )と言われたアイルランド人が「貧乏を弾いて」( p.97 )、慈善事業( p.92 )に共感を表明していたブルジョアどもを心胆寒からしめるというもの。「良心」は貧民救済のために貧民窟を訪れた夫人が、堕落の実態を見て驚き呆れその望みを捨てるという話で、結末にはエゴイスティックな慈善に対する皮肉が籠められているのだが、その皮肉がまたごく安っぽいということに作者は気付いていない。
「晩餐会」。貧しい庶民に目を注ぐと同時に舞踏会だの午餐だの晩餐会だのばかり書いている作家だという気がしてくるが、これは世代間闘争、というほど大袈裟なものではないが、とにかく青年の父に対する憤懣や青年特有の「理想と現実の相克」を描いたもの。「良心」と同じく全体が図式的で、結末はこれまたわけもなく達観したような調子で書かれており、余り面白くない。
「ワアテルロウの戦」。これが一番面白い。恋に恋する青年が、或る日見かけた女に遂に胸のときめきを感じる。女と近付きになるためまずその父親である老大尉と知り合い、ワーテルローの戦いの退屈な長話に付き合う。ところがやっと家に招待され女に会えたかと思うと、これがなんと人違いで、しかも教養に溢れはきはきと話す可愛くない女、「えらい女」( p.161 。これは歴史的な語だと思う。例えば芥川の塚本文子宛て書簡)であった。這う這うの態で家を辞すると、実は彼がその日誘われて断ったパーティーが、あの時見かけた女の送別会であったという皮肉なオチがついている。
どう読んでもこの可愛くない女・ベティイが最も魅力的に描かれていて、ハンスが「あの女と結婚しようとするものなどあるものか?」( p.160, 165 )とさんざん反撥するだけに、最後にはこの二人がくっ付くのではないかと思わされるのだが、そうはならずにあっさりと終わってしまうので、またしても「えっ、これで終わり?」と思わされる。
ハンスがベティイに対して抱く考えのうち、次のような箇所:
のみならず、彼は彼女が「学者」ではないか知らといふ疑ひを持つた。実際また、もし女がこの世の中で其の使命を果さうとする(即ち、人の妻にならうとする)ならば、彼女は明らかに、その夫が持つを望むか、或ひは夫自身が彼女に授けるものより以上の学識を持つてはならぬといふことは、誰しも屹度、従兄弟のハンスに同意するに違ひない。それ以外の知識の資本は、いつも極めて疑はしい値打を持つた持参金でならねばならぬ。( pp.160-161 )
これはまあ今読めば何とも言い訳の余地がないくらい男尊女卑的だが、例えば同じ北欧(スカンディナヴィア)繋がりということでストリンドベルヒ『大海のほとり』( 1890 。 ASIN: 4003275527 )を思い出させる。
あらゆる夫婦生活に於ける相対的不幸の最も深い原因は正に次の点に存する。曰く、男が、往々故意の虚偽をもって結婚を始めること、否、更に屡々見るのは幻覚の獲物として授かること、これである。蓋し、男は相手を自分に似たものであらせたい気があって、自分の自我を相手のなかへ作り入れるのである。ミルはあの単純な女(実は自分が教育した女)から、さかしまに自分の思想の一切を頂戴したように信ずるほど、この錯覚即ち第二視覚に昏迷されることが甚だしかった。( pp.205-206 )
北欧近代文学に俺は別に詳しくないので、なんでこういう連中の間から突然『人形の家』( 1879 )が出て来るのかよく分からないが、ともあれわが国の明治・大正期にはこれらの作品が今よりは遥かに熱心に読まれていたらしいのだから、日本近代文学について考える上でも避けて通れない。そういえば『友情』( see also: 2006-11-22 )でも「イブセンや、ストリンドベルヒ」( p.16 )の名が言及されていて、且つまた恋愛は「結婚」と不可分のものだった。
彼は女の人を見ると、結婚のことをすぐ思わないではいられない人間だった。結婚したくない女、結婚できない女、これは彼にとっては問題にする気になれない女だった。
そういう女にいい女がいると彼は一種の嫉妬さえ持ちかねなかった。女は彼にとっては妻としてよりほか、値のないものだった。結婚が彼にとってすべてであった。女はただ自分にだけたよってほしかった。( p.9 )
野島が杉子を欲望するのは「妻」としてなのであって、且つそれは文学者としての世俗的な成功という欲望とも切り離しえない。単に女に惚れて友人と取り合った話ではないのである。現代の読者としてこういう読み筋は稍々ともすれば見失いがちだから、心に留めておきたいと思う。
読書ノート。
大正 8 = 1919 年。武者小路という作家のものは、一応有名なところは一と通り読んでいる筈だが、今読み返しても正直やっぱり読みどころが分からない。この本も、読めば読んだなりに、特に終盤(下編)は面白く読んでしまったが、しかし特に今になって読んでやらねばならないほど優れた小説とは思えない。こんなのは大正時代の文芸誌を漁っていれば腐るほど出て来るレベルのもので、研究者ならともかく一般の読者が 1 世紀近く経っても文庫で読んでいるというのは、惰性と悪しき権威主義・教養主義の残滓ではないかと思う。
文章は恐ろしく平易である。「昔の小説」とは到底思えないほど、下手をすると今の小説より読みやすい。それはそれで美点と言えるのだろうが、しかし意識と書くこととが透過的に繋がっているような、貧しい、読み甲斐のない文体でもある。言葉の使い方も非常にぞんざいなところがあり、例えば「きょうやられる芝居も」( p.6 )、「毒素はどいてはくれなかった」( p.15 )といった文章を平気で書く。「芝居がやられる」「毒素がどく」なんて言い回しは、特に小説作品を書こうとしている人なら大抵が「ちょっとこれは」、と消して書き直したくなるものだと思う。ところが武者小路は全く意に介さないし、寧ろそのような美的判断に基づく操作を敢えて排除したところに、この文章は成り立っているように見える。
図式的に言うならば、まず古典的な詩句や美文とは言葉が現実に先行して存在し、寧ろ現実が言葉によって作られ、それゆえ言葉が自律的に運動する状態と言えるだろう。次に近代文学ではそのような美文・言葉の先行性が否定され、現実は意識にとって直接に、言葉を介さずに与えられるものと考えられる。つまり現実と意識とが透過的であり、言葉はそれを「写す」後発的な手段とされる。そして武者小路の文章は、このような態度を極端に推し進めて行ったもののように思える。
読みやすいのは自然や風景の描写がないためでもあろう。この小説は会話と主人公の思考・気分の記述だけによって構成されており、外界の描写というものが極端に、殆ど異例と言って良いほどに少ない。これは「気分」によって主体と世界が構成されているためだろう。
彼は自分ながら情けないほど、他人によって自分の気分があがりさがりするのに気がつかないわけにはゆかなかった。( p.15 )
野島は、仲田の一言一句で自分の心が左右され、上がったり下がったりするのを醜く、あさましく思った。( p.22 )
(……)野島は自分でも恥ずかしくなるほど愉快になって来た。
「人間はつくられたとおりに心を動かすものだ」と思った。( p.33 )
こういう意味では、これは大正文学とか白樺派といったものについて、俗に抱かれているイメージに極めてよく合致してしまう作品と言えると思う。同じく、複製芸術に取り巻かれ、地理的・歴史的差異をすっぱり捨象した抽象概念、例えば愛とか美とか、或いは人類とか平和とか人生とかいった理念に燃える青年芸術家たちの群像も、まさに白樺派に特有のものである。
そして野島の枕もとにある泰西美術史を見ていた。すると不意に、
「西洋にゆきたくなった」と大宮は言った。
「どうして」
「僕はレオナルドや、ミケルアンゼロや、レンブラントの本物が見たくなった。ベートオフェンの音楽もじかに知りたい。マーテルリンクや、ローマン・ロランにも会ってみたい」( p.80 )
ここではルネサンスからバロック、ロマン派、象徴主義までが、「芸術」や「美」という抽象のもとにいっしょくたにされている。これは大正時代ないし白樺派に固有の認識であって、普遍的なものではないことに注意するべきである。例えば主人公・野島は、杉子という女を一方的に盲目的に理想化して捉えている。
どこにこんな無垢な美しい清い、思いやりのある、愛らしい女がいるか。神は自分にこの女を与えようとしているのだ。さもなければあまりに惨酷だ。( pp.33-34 )
こういう記述は今読むと滑稽だが、ここで「しかし昔の青年はこんなに一途で純真に恋をしていたのだなあ」などと考えて、つまりは今の自分にも通じる普遍性を想定して、何やら弁護してやる必要はないと思う。滑稽なものは滑稽なのであって、それを無理に否定して何か立派なことが書かれていると思い込もうとするのは不健全な読みである。問題は、その滑稽さの上で何がなされているかなのだ。
話は女を巡る男 2 人の三角関係なのだが、ただ根本的に「取り合い」が成立し得ないくらい女(杉子)の気持ちが終始一貫しており、また主人公・野島にしても片思いと呼ぶことすら躊躇われるほど極端な一人相撲をとり続けるだけで、この点はちょっと珍しいと思った。詳しく言うと、まず野島は杉子に惚れている、というか一方的に理想化し崇め奉っている。ところが杉子は野島のことを全く気にかけていない。却って野島の友人・大宮に惹かれてしまう。大宮は野島への義理からそれを拒もうとするが、最後には友情より恋愛を取る。という話で、一角がここまで徹底して疎外されて三角も何もあったものではない。下編の杉子の手紙は、傍から見ていても野島が可哀想になってくるくらい身も蓋もない。
私は、どうしても野島さまのわきには、一時間以上はいたくないのです。( p.101 )
野島さまが私を愛してくださったことを私は正直に申しますと、ありがた迷惑に思っております。お気の毒な気もします。(……)ともかく私はどんなことがあっても野島さまを尊敬しますが、愛するわけにはゆきません。( p.103 )
この「下編」は、大宮が杉子と交わした、そして最終的な決断を下すに至ったまでの一連の書簡を、「某同人雑誌」( p.99 )に小説として公表したものという設定になっている。これまた、いかにも白樺派辺りの連中がやっていたような仕事である。つまり狭い人間関係をそのまま作品として公表してしまい、しかもそれが何か倫理的な行為と考られているというプロセスで、こういうのは今では理解し難いし、或いはこれもまた滑稽かも知れない。ただこの点に関しては白樺派の、或いは大正私小説の作家たちがやっていたことには、無視し難い達成があると思う。寧ろ今の作家は大宮が最後で野島を mixi に招待して、自分と杉子との遣り取りを読ませてしまうという小説を書くべきだし、書けなければなぜそれが書けないのかを考えるべきだ。
演舞場昼の部。松緑の『番町皿屋敷』、海老蔵の『勧進帳』、そして菊之助の『弁天娘女男白浪』という滅茶苦茶な演目。商品価値を優先して並べましたという感じで不愉快。おトクだと感じてしまうことも否定できないのだが、それにしても何だか馬鹿にされている気がする。
『番町皿屋敷』は松緑の播磨、芝雀のお菊。幕が開くと山王の桜が満開。ここ数日でめっきり寒くなったなどと思っていた矢先にこんなのを見せられて、大いに鼻白む。この場面での松緑は、例えば笑い方が何だかわざとらしくて気になった。播磨にはもっと鷹揚さというか包容力というか、そういう感じが欲しいのだが、松緑の器はそれに比べると残念ながらまだ小さい気がする。「伯母様は苦手ぢや」を言わせても、そういう不満が残った。
その後は男女のごく微妙な心理の行き違いが急激に悲劇へと発展するさまが見どころで、 2000 年 6 月に團十郎で見た時は播磨の気持ちがやっと初めて腑に落ちた気がしたものだが、今回はここも上述したような理由で不満が残る。皿を一枚一枚刀の鍔で割って行く場面などは相応の迫力があったが、意地の悪いことを言えばこれは脚本の力がだいぶある。つまりここではものを壊すという単純な行為の連続が、それを数える台詞を伴うことで劇的な強度の高まる反復的な過程として立ち上がってきているわけで、この場面での岡本綺堂は確かに上手いのだ。
『勧進帳』。海老蔵の弁慶、菊之助の富樫、芝雀の義経。これは素晴らしい。というかヤバい。熱気に満ちた舞台で、久し振りに『勧進帳』を見て興奮した。海老蔵の弁慶は、間違いなく現時点で一番面白い弁慶だ。
まず富樫が出て来るのだが、菊之助の声がびっくりするほど良い。痺れた。姿も爽やかで気持ち良い。続いて花道から義経ら一行が登場する。海老蔵は相変わらず嫉妬するほど好い男だ。俺の中にはどうしても新之助時代のイメージが残っているのだが、見れば(見る都度思うが)めっきり貫禄が増してきて、なかなか重厚な弁慶になっている。声も良い、台詞回しも時に独特の癖を見せるが巧い。勧進帳読み上げは立派だったと思う。
山伏問答は菊之助とよく息の合った遣り取りで、見ていて汗が噴き出すほどだった。何しろ若い二人が丁々発止遣り合うのだから、全体にスピード感の溢れる今回の舞台の中でも瞬間最速を記録している。お蔭で何を二人して言い合っているのかさっぱり分からなくもなり、或いはチト喧嘩腰に過ぎるのではないかといった物言いもあるかも知れないし、また菊之助はここで急に(海老蔵に釣り込まれるように?)気負ってきて、そのまま踏み外しそうになる気味もあったように思うが、まあいずれも欠点と言い募るほどのこともないだろう。これは熱を感じて興奮する舞台なのである。海老蔵は最後の飛び六方まで十分に迫力があり、力の配分もよく出来ていると思った。
『弁天娘女男白浪』。菊之助の弁天小僧、松緑の南郷力丸、左團次の日本駄右衛門。菊之助の弁天小僧はこれまた 2000 年の春に演舞場で観た時の印象が強烈で、というか思い出すだけで泣きそうになるほどで、それと比べると今回は些か大人しいと感じた。良く言えば安定しており、松緑との掛け合いもよく噛み合っているのだが、正体を顕すところなんかはもっとどぎつくても良いと思う。もともと派手でどぎつい芝居なんだから。と言いつつ、観れば観たで勿論大いに満足する。
稲瀬川勢揃いの場で菊之助が着ていた着物の柄が気になった。胸のところに、岩ともしゃれこうべともダンゴムシともつかぬものが描かれている。俺は着物の柄とかはさっぱりだから、何だか分からない。気になる。ちなみにここでも桜が満開で、春に見ると浅黄幕が落とされた瞬間決まって客席から嘆声が漏れるものだが、 11 月ではその感動もない。季節ものばかりやれとも言わないが、菊之助が綺麗なだけに何だか瑕をつけられたような気分になる。
読書ノート。
『口髭・宝石 他五篇』( see also: 2006-11-14 )を読んで気になったので、頑張って書庫から発掘してきた。ところで訳者の「解説」を見るとここにも:
(……)しかも物語の効果は結末に集中することが多く、極端な例では「首飾り」の場合のように、作品の最終行が物語の意味を逆転させてしまう。俗に「落ち」と言われるものだが、これほど極端でなくとも、物語の裏面やその隠れた意味が、作品の結末で明らかにされることが多い。結末の意外性は、モーパッサンの短篇の重要な特色の一つである。( p.282 )
何たることか、いよいよ以てこれは通説であるらしい。高山鉄男は翻訳者としても名前を見かけるが一応きちんとしたフランス文学の先生だったと思うので、そんな人にまで言われてしまうとだんだん自信がなくなってくる。考えられる可能性としては:
さあどれだ。
例えばこの本に収められたもので言うと、「水の上」( 1876 )や「首飾り」( 1884 )は確かに「意外な結末」の短編だろう。但し俺はどちらもそう感心しなかった。特に「首飾り」は、「モーパッサンの短篇小説のなかでも、もっとも有名なものの一つであり、また、短篇という文学形式の成功した一例である」( p.289 )とまで言われているが――但しまた「フランスでは特別に重視されることの少ないものである」という意見もあり、俺も概ねそう認識している――、最後一行のどんでん返しで読者を驚かせ、或いはにやりとさせる、軽妙で巧者な作品としか思わない。やっぱりどう考えても「宝石」( 1883 )の方が優れている。
一方、例えば「帰郷」( 1884 )を見てみよう。静かな鄙びた漁村の描写に続いて、「かあちゃん!」( p.186 )という娘の叫び声を契機に物語が動き出すところが何とも言えず良いが、続いて貧しげな男が家の周りをうろついているという状況説明があり、後すぐにこの家庭の過去が語られる。この時点で、あの男は行方不明になっていた夫が戻って来たのだな、ということは誰でも想像できてしまう。そして実際そうなのだが、この作品の美点はその真相が明らかになっても最後まで劇的な展開が何一つ生起しないところにある。つまり「意外さ」のごときものを回避したところがとりえなのである。いかがだろうか。<なぜか得意げ
なお行方不明になっていた男の帰郷というシチュエーションは、「ジュール伯父さん」( 1883 )と相通じるものがある。そちらの解説では「十九世紀フランスでは、成功を夢見て米国に渡る者が多かった」( p.288 )、或いは本文にも「その頃は、よくそういうことが行われたらしいね」( p.115 )と言われており、或いは先日読んだコリンズ「グレンウィズ館の女主人」( 1856 。 see also: 2006-11-16 )なども想起される。「グレンウィズ館の女主人」から書き抜き:
彼はまず、手始めに西インド諸島に渡った。その後さらに南米にまで足を伸ばし、大規模な鉱山事業に手を染めた。十五年間国を留守にした後で(その時期の後半には、彼の死を伝える誤報がノルマンディーに伝えられたりしたが)(……)( p.107 )
しかし現実に「よくそういうことが行われた」ことと、小説ネタにされたということは勿論別問題で、後者は金、植民地、故地への帰還、またそれに伴う人物の同一性確認、といった魅力的な主題がこの設定に結節するためではないかと思う。まあそれはともかくとして、「ジュール伯父さん」はかなり優れた作品だと思った。話者が惨めな老船員と成り果てた伯父に対する場面など、何とも言えず哀れである。
ぼくは、彼の手をじっと見つめた。それは皺だらけになった水夫の手だった。ぼくはその男の顔も眺めた。みじめに老い、悲しげで、打ちひしがれた顔だった。
「これがおやじの兄貴なんだ、ぼくの伯父なんだ」と僕は心のなかで叫んでいた。
五十サンチームばかりを心づけに渡すと、彼は感謝してこう言った。
「お若い方、神様のお恵みがありますように」
それは施しを貰う乞食の口調だった。あちらでは乞食をしていたにちがいないとぼくは思った。( p.126 )
そしてこんな感動的な場面にもきっちり金が絡んでいるところが、小説としての値打ちを上げている。
或いは 10 年前に伯父から届いた成功を報せる手紙が、家族にとって「福音書のようなもの」( p.116 )になり、姉娘の結婚にも一助となる( p.117 )という記述。これは「ジュールさんが帰って来たら、あたしらの暮らしむきもすっかり変わるよ」( p.116 )という、謂わば来世への希望が打ち砕かれる物語でもあるのだ。
「椅子直しの女」( 1882 )は、改めて読んでもやはり面白い。秘められた純愛を描いた小説として本書所収のものでは他に、鉄道小説でもある「旅路」( 1883 )、老嬢もの「マドモワゼル・ペルル」( 1886 )、語りの枠構造が嘗てないほど複雑になった「小作人」( 1886 )あたりが挙げられるが、いずれも良作だと思う。
「マドモワゼル・ペルル」は、些か冗長なところがなくもないし、話者がシャンタル氏とペルルさんに余計な言葉をかけて、二人の秘められた恋、「当の本人たちにさえも気づかれていない悲劇」( p.228 )をほじくり返そうとするのも何だか不愉快だが、ともあれしんみりとした味があって良い。シャンタル氏がペルルさんへの恋を指摘されて泣き出す姿の描写( pp.229-230 )は滑稽だが、こういう場面に滑稽さを隠し味的に忍ばせる手際はやはり巧みだと思った。例えば「メヌエット」( 1882 )は、老夫婦がメヌエットを踊って見せる僅か数行に旧時代へのノスタルジーが凝縮された、他愛もないと言えば他愛もない、しかしまた一幅の名画を見るがごとき感動のあるこれも名編だと思うが、そこでも滑稽と悲哀が相伴って一つの感情の高まりをなしていた。「ぼくは笑いがこみ上げてくるのを覚え、同時にたまらなく泣きだしたくなっていた」( p.80 )。
「田園秘話」( 1882 )。「告白」と同じく、農民の貪欲さ、ずるさ、嫉妬心といったものを描いているのだが、物語は皮肉というより残酷に近い。フランス人というのは全く以て意地の悪い連中だ、などと思ってしまう。何の救いもないが、しかし安易な勧善懲悪や理想主義に凭れかからず非情を貫くことで、確かに或る真実を伝えていると思う。最後の一行が素晴らしい。
子供を譲ってくれと申し出て断られた時の金持ち夫人の様子が、いかにもそういう女がいそうで巧い描写だと思った。
デュビエール夫人は、どぎまぎして泣き出し、夫のほうに顔を向けた。そして、ふだんから望みごとはなんでもかなえてもらう癖がついている子供のような声で、しゃくりあげながらこうつぶやいた。( p.62 )
(……)わがままで甘やかされた女、我慢というものを知らない女に特有のしつこさを発揮して、泣き声で訊ねた。( p.63 )
ところで俺は昔から、小説に描かれる「心理」というものがよく分からない。特にフランス人なんかは、この「心理」というものが何か実体的に存在していると考えているのではないか、と思わされる時があって、奇異の念に打たれることもしばしばなのだが、理解できないので結局「心理」とは描写 = 表層によって遠近法的に構成される深みのことだと考えてしまっている(ホフマン「 G 町のジェズイット教会」で画家が自嘲混じりに語る芸術論みたいだが)。例えば「シモンのパパ」( 1879 )では美しい未亡人に対する鍛冶屋フィリップの下心が、男として自ら鑑みるに誰しも思い当たる節があるに相違ない的確さで描かれている。
このあたりで一番の美人と言われているブランショットの顔を見るのは、まんざらでもなかったからだ。それに、一度あやまちをおかした女なら、もう一度あやまちをおかすこともあるだろうと、もしかしたら男は、内心考えていたのかも知れない。( p.30 )
しかし、男というものの御多分に漏れず、フィリップにも多少のうぬぼれがあったので、自分と話しているとき、ブランショットは、ふだんよりも顔を赤らめがちのような気がしていた。( p.33 )
こういうのは読んでいて楽しいが、結局のところ技術論的に処理できる問題ではないかと俺は思っている。
「二人の友」( 1883 )と「ソヴァージュばあさん」( 1884 )は、普仏戦争を背景にした反戦的・愛国的傾向の作品。いずれもモーパッサンの冷酷非情さが発揮されており、例えば「二人の友」では、ほのぼのとした筆致で描かれていた釣り仲間二人がプロシャ兵に捕われた末あっけなく殺されてしまう。それまでの流れからして何か機智に富んだ展開の一つもあって最後には解放されるものとタカを括って読み進めるとものすごく嫌な気分にさせられて、そういう意味で「意外な結末」だと思う。プロシャ兵に出喰わしたら「小魚のフライでも進呈しましょうや」という、「こんなときでもパリっ子らしい茶目っ気を忘れない」( p.88 )会話が、最後の場面で思いもかけない仕方で伏線として効いてくるのも実に嫌らしい。これは、「ソヴァージュばあさん」において「ほとんど真っぷたつとなって」という死に様の描写が反復される( p.176, 183 )のと似ている。
ところで、「二人の友」の最後でプロシャ兵が死体を川に投げ込む場面の記述が何だか引っ掛かった。俺は死体を川に投げ込んだことがないし、プロシャ兵が当時どのようにして死体を川に投げ込んだかも知らないので、ひょっとすると本当にこうだったのかも知れないが、まず:
兵士たちは四方に散って行くと、綱と石をもって戻ってきた。二人の死者の足に石がくくりつけられ、死体は川岸に運ばれて行った。( p.95 )
余計なお世話かも知れないが、これは、死体を川岸まで持って行ってから石を結んだ方が楽ではないかと思う。次にこれを放り投げると:
死体は、空中に曲線を描いて飛び、石の重みが足にかかったので、直立の姿勢で川のなかに沈んでいった。( pp.95-96 )
力学的にそういうことはあるのかも知れないが、ここだけやや浮いているというか、作ったという印象を拭えない描写だと思った。
「初雪」( 1883 )。南仏カンヌ或いは女の生地であるパリと北仏ノルマンディーとの、気候・風土の差異を動因とした小説。考えてみると、日本は南北に長い列島だというのに、例えば東京出身の女が東北や北海道に嫁いで行って、陰気で楽しみのない土地柄や寒い気候に苦労する、といった小説は余り見たことがない。と言うより、想像ができない。なぜだろうか。
「山の宿」( 1886 )。雪に閉ざされた山小屋という閉鎖空間、極限状態での恐怖と異常心理、ということでこれまたコリンズの「黒い小屋」( 1857 。 see also: 2006-11-16 )を想起したが、スティーヴン・キング / キューブリックの『シャイニング』にまで繋がるこの古典的シチュエーションは、ひょっとすると「小説における閉鎖空間(の作り方)」というテーマで眺めるべきではないのか、と思い付いた。例えば「旅路」の車室、或いは探偵小説の歴史の中で数え切れないほど作られた密室。
読書ノート。
今調べたら ISBN は同じままで 2 日前に改版が出ていて何このシンクロニシティ。俺が持っているのは 1937 年第 1 刷・ 1959 年第 15 刷改版の 1997 年第 56 刷。でも総体としてさのみ感心もしない本なので買い直そうとかは思わない。いかにも 19 世紀ロシアの知識人的な「絶望」と「厭世」と「狂気」に満ちた短編集で、寧ろこの程度のものを有り難がって何やら canonize して版を重ねて読み継いでやるべき必要性がよく分からない。もっと読むものあるだろ。ゲルツェンとか。
と思いながら更に調べたら、なんと今年全集まで出ていることに気付いた。何だ、ガルシン今キてるのか? 後ろ向きの読書をしているつもりの俺はいつの間にか周回遅れのトップランナーだったのか?
まあいいや。「あかい花」( 1883 )。癲狂院に入れられた男が庭の赤い罌粟の花に「世界のありとある悪が集まって」( p.25 )いると考え、ヒロイックな妄想の中でそれを毟り取りながら狂死するという話。主人公が狂気の中で保ち続ける正義への信念や、癲狂院の患者に対する非人間的な扱い、といったところを読むべきなのかも知れないが、社会的な広がりが全くなく面白くないように思う。
「四日間」( 1877 )。訳者のあとがきによると実際の戦争体験、正確には「同じ隊の一兵卒の身におこった恐るべき出来事に取材している」( p.105 )らしい。脚を負傷し置き去りにされた兵士が、敵トルコ兵の死体の横で助けが来るまでの 4 日間を苦しみ抜いて過ごすという話で、なかなかの迫真性がありこの本の中では一番優れていると思う。
「信号」( 1887 )。同じく戦争体験を背景にした作品。隣人の自己犠牲的行為による改心といったことが主題で、ラストはやや劇的に過ぎる気もするがまあ緊迫感があり、一定の水準の短編になっていると思う。
「夢がたり」( 1882 )。昼下がりの草場に集まった虫や馬が会議をしているという、寓話的な小品。「田園での小動物の会議」というのは或る程度よく見られるパターンだと思う。
「アッタレーア・プリンケプス」( 1880 )。これも寓話風の小品。植物園の温室の鉄格子とガラスを突き破って外に出ようとする、理想に燃えるしゅろの木の話。まあ要するに共産主義革命のことが念頭にあるらしい。しゅろは周囲の草木に猛反対を受ける。「ばかばかしい! 夢みたいな話だ! 鉄わくはがんじょうなんだ。あれをこわそうなんて、とてもできるもんじゃない。それにまたこわせたところでいったい何になる? 人間たちがはさみやおのを持ってやって来て、枝をちょん切ってしまうだろう。わくの破れ目はふさいでしまって、また元のもくあみになっちまうだろう。いや、せっかくちゃんとついている手足を、むざむざちょん切られるだけ損だよ……」( p.97 )。「信号」のセミョーンも無気力でそれゆえ保守的なロシア人民だったが、そういう連中に知識人がいかに苛立っていたかを窺わせることであるなあ、そしてその中で一人理想を捨てない生きざまはたとえ朽ち果てるとも立派なものであるなあとか思った。ごめんどうでもいい。
ちなみにこのしゅろの木、アッタレーア・プリンケプスはブラジル産だそうだが( p.93 )、それを見たブラジル人が故郷の「あの太陽や青空を、珍しい鳥や獣のすんでいる豊かな森を、あの砂漠を、あの妙なる南国の夜を、思い出」す場面がある( p.94 )。さりげなく紛れ込んでいるが、ブラジルに「砂漠」はないだろう。エキゾチックなイメージということで、アラブ世界辺りが混交してしまっているようだ。
24bit リマスタリングシリーズで買おうと思っていた矢先にオリジナル盤が廃盤 CD ディスカウントセールに出品されているのを見付けてしまったので、剛(←遂に!)の初期のアルバムをごっそり大人買いして今聴いてるんですがね。そのほら。「乾杯」とか。「順子」とか。「巡恋歌」とか。いやもう。別人だろこれ。透明な声で恋を歌うさわやか青年が、何をどう間違えば 10 年足らずでしゃがれ声でがなり立てるむさくるしい髭面のオヤジになってしまうのか。誰か俺に説明してくれ。
読書ノート。
短篇集『暗くなってから』( 1856 )から 3 篇、『ハートの女王』( 1859 )から 4 篇、更に後期の短編を 1 篇加えたもの。訳者の解説によると「作者は、どちらの短編集の場合にも、これまで単独で発表したものを巧みな枠の中に収めることで、枠物語にして再出版した」( p.359 )という事情があるそうで、一応各作品は独立して読めるよう配慮して訳出されてはいるようなのだが、例えば読み始めて 2 ページ目で「語り手は画家に自分の体験談を話していることになっている。解説参照」( p.8 )などと割注を入れられると気になってしまう。そこで先に解説を読んだら、却って混乱してしまった。
最初の 2 つ「恐怖のベッド」(初出 1852 )と「盗まれた手紙」(初出 1854 )は、読んでいて妙に苛立たしい、我ながら不審なくらい不愉快にさせられる作品だった。訳者の解説ではそれぞれポーの「陥穽と振り子」「盗まれた手紙」からの影響が指摘されているが、確かにポーの恐怖小説・探偵小説を読んで書いたという感じの、但しポーとは違って飽くまでヴィクトリア朝の紳士然としてお上品に取り繕った、通俗小説だと思った。
通俗的というのは、例えばどちらの作品でも最後にあっけなく、もしくは取って付けたように犯罪者が逮捕されて勧善懲悪になっている点がそうだし、或いは「盗まれた手紙」で犯罪を捜査し解決するまでの筋道が、殆ど一点の合理性も感じさせないほど恐ろしくご都合主義的だという点もそうだ。
「盗まれた手紙」はご都合主義的な探偵小説の代表作ではないかと思う。まず、弁護士である語り手の事務所に数日後に結婚を控えた友人が駆け込んでくる。語り手は興奮する友人を遮って、冷静な推測によって彼が語る前に起こった事態を言い当てる。
「ここまでの君の話から判断して、」と私は言った。「君は水曜日に執り行われる君の結婚式の深刻な障害になりかねないような困った事態にはまり込んでしまっている、と理解していいんでしょうか?」
(彼は頷いた。私は、彼に一言も言わせずに素早く言葉を続けた。)
「その困った事態というのは、君の婚約者に係わることで、彼女の亡くなった父親が商売に携わっていた頃に遡る話じゃないんですか?」
(彼は頷いた。そこで、私はもう一度彼にものを言わせなかった。)
「君の結婚式の日取りが新聞に発表されたのを見て、利害関係のある人物が姿を見せたんじゃないですか?(……)( pp.48-49 )
この遣り取りを作者はちょっと気の利いたつもりで書いているのだろうが、読んでいてなぜか苛立たしいものがある。なぜこうも都合よく推測が進んで行くのか、その根拠が読者にはさっぱり分からないし、そのせいか、このやけに上機嫌な書きざまもまた不愉快である。
俺は一般に「対話によって真理を探究する過程」 = ダイアレクティクと看做されているプラトンの対話編が、実は作者一人の操作下で進行していることを卒業論文のテーマにしたほどだから、この種の「都合よさ」に対して或いは人よりやや過剰に反応する性質の人間なのかも知れない、などとも思うのだが、続きを読むとどうもそうとばかりは言えない気がしてくる。友人は上述の「利害関係のある人物」から、手紙を 500 ポンドで買い取るよう強請られている。これに対し、語り手は自分がその手紙を取り戻したら弁護士報酬として 500 ポンドを支払ってくれと言う。友人は一言もなくこれに同意する。野暮なことを言えばどっちにしたって 500 ポンド払うんじゃないか、という気もするが、それはともかく、この時点で語り手はどうやら手紙を取り戻す方策について具体的には何の思案もないようなのである。読者としては、展開に期待するよりこの語り手が何を考えているのか不審に思う他ない。
更に続く捜査の段階でも、手紙を持っている人物の滞在しているホテルのメイドがなぜか突然「私の昔からの友達」( p.66 )で、協力を惜しまないのだからふざけている。手帳からは「メモ 縦 5 横 4 」( p.69 )という、これは暗号なんですよと言わんばかりの覚え書が見付かり、デュパンがやったような理論的な裏付けも一切ないまま、部屋の中を片っ端から「縦 5 横 4 」に該当しそうなものを探すと手紙が出て来る。探偵小説においては当てずっぽうや勘や総当たりで謎を解いてはいけない、という「作法」がまだ成立していなかった時代の作品なのだからそこは大目に見てやるべきなのかとも思いつつ、しかしどうにも馬鹿にされているような気分になることを否定できない。
ただ注目すべき点としては、この語り手が「知っていることを敢えて語らない」話法を採用していることだ。冒頭からして:
私はある弁護士事務所で何年か年季奉公をしてから(それがどの弁護士の事務所だったかは気にしないでもらいたいね)、イングランドのある田舎町で一人立ちして開業したんだよ(そこがどの町だったかも話すつもりはないがね)。( p.42 )
と、「語らない」ことによる語り手の優位が強調されている。つまり「探偵小説というジャンルの誕生に『語り』の問題が関係していた」ことがここからも明白に読み取れるわけで、或いはこのような凡庸な作品からさえも明白に読み取れてしまうことにわれわれは驚くべきなのかも知れない。そして、その点から見ればこの余りにご都合主義的なプロットも、語り手が自分しか知らないことを語っているのだから当然だという言い方ができる。
以上は俺がこの作品に感じた「通俗性」を主として物語の水準から辿ってみたのだが、ただもっと根本的に言えばこれは単にテクストが貧しい。ポーの影響を感じさせるだけに比較してしまい、比較されれば当然ポーに敵う筈もない。ポーのテクストは読み返す都度、どの 1 行をとっても、その向こうに到底読み尽くし得ないことが明らかな広大な「意味」の地平が広がっていることを直感させ眩暈を覚えさせて已まないものだが、コリンズの訳せば同じタイトルになるこの作品からは、読み込んだところで例えば精神分析の理論を紡ぎ出すことは出来ないだろうと思った。要するに少なくともこの 2 作は凡庸化したポーという域を出ない小説で、「恐怖のベッド」は特にその印象が強い。ベッドの天蓋が下がるに連れて肖像画が隠れて行くなんていう描写はちょっと良いと思ったのだが。
他に気になった点として、語り手はこの話が「事実」であることを強調している。冒頭では:
ガトリッフという名を頼りにして、具体的な事実関係を辿ろうなどとはしないことだよ。私は実名を出したりして、自分自身にしろ他の誰にしろ、身動きが取れないような立場に置くつもりはないんだから。ただ、たまたま最初に思い付いた名前を君に言ってみたまでなんだよ。( p.42 )
と語り、最後にも:
私は話し始める前に「根拠のある話」と言ったね? 今、話し終えても、私はそう断言するよ。これが「作り話」だと、言えるものなら言ってみたまえ( p.80 )
と付け加えている。これは小説とジャーナリズム(新聞)との関係において興味深い。当時の小説ではこの種の事実性を強調するレトリックがしばしば用いられ(例えばそれこそポーもやっている)、そして、にも拘らず(或いは、だからこそ)、小説を事実として読んでしまう人が今より遥かに多かった(事実と勘違いする人が続出したというエピソードは、「ハンス・プファアル」だったか)。特に、前者ではそれが名前(固有名)という形で出て来ていて、非常に分かりやすい事例だと思う。
さて色々悪口を書いたが、これ以降の作品には結構優れたものがある。「グレンウィズ館の女主人」(解説の文章の意味がよく分からないのだが、多分 1856 年)、及び「家族の秘密」(初出 1857 )は、僅か 5 年前にはあんな通俗小説を書いていたとは思えないくらい、しっかりした、それでいてミステリー的要素もきちんと盛り込んだ良作になっている。無論探偵小説として読めば相変わらず作為的であることは否めず、例えば「グレンウィズ館の女主人」の犯人などは殆どこの犯罪のために作者が用意したとか思えなかったりするのだが、それでも作品としてはずっと面白い。思えば「恐怖のベッド」と「盗まれた手紙」には都会的な軽薄さがあり、それが通俗性と結び付いて一層不快感を増していた気がする。対してこれらの作品は田舎を背景に家族史の中での人物の成長を描いており、そのためやや地味な印象を与えはするが、また同じことが遥かに厚みのある文体を可能にしていると思う。
「黒い小屋」(初出 1857 )は人里離れた山小屋で外部からの侵入者に怯えるという古典的なシチュエーションで、叙述にもなかなか緊迫感があって、そうした中でも比較的成功した部類ではないかと思う。特異な点としては、預かった金を守るという設定、及びその結果として幸せな結婚が齎されるという、まあこれも勧善懲悪だが、とにかくそうした設定が付加されていることか。
「夢の女」(初出 1855 )。解説によると「コリンズの短編中最も知られたもののひとつ」( p.366 )とのことだが、そこまで顕揚に値する作品とは思わなかった。夢で見た女が数年後に現実に現れる、但し自分を殺そうとしているという趣向はなかなか良いし、そんなロマンティックで夢幻的な話なのに主人公が全くさえない中年の馬丁、しかもマザコンというのも面白いとは思うが。
「夢の記憶そのものは、今なお、写真で撮ったように鮮明に残っていました」( p.228 )という文があるが、「写真で撮ったように鮮明に」なんていう比喩がこの時期に既に用いられていたとはちょっと驚いた。ダゲレオタイプが 1839 年に発明され、間もなくして肖像写真のブームが始まったことくらいは知っているのだが、それが小説の中で比喩表現として用いられるというのは全くの別問題なのである(この辺の事情は昔電話について書いた時などにも口を酸っぱくして言った気がする)。こういうのは今後も気を付けて見て行きたい。例えば昔から考えている、「活動弁士の出て来る小説」のようなものだ(これについてはいつか気が向いたら書く)。
「探偵志願」(初出 1858 )。書簡体の探偵小説。探偵役を務める男は人の秘密を探り出して売り付けることを生業とするごろつきに近い手合いで、漱石があれほど探偵を毛嫌いした理由は確かにデュパンやホームズばかり読んでいると分からないのだな、と思わせられる。そういう意味では、例えば「盗まれた手紙」で手紙を売りに来る男と語り手である弁護士とは、どちらにしても入手した手紙を 500 ポンドで売り付けようとするわけだから、実はそう隔たった場所にはいなかった。
そもそもデュパンを初めとする探偵は、警察の捜査 = 実証的な知によっては見出せないものを見出す者であり、故にその過程では警察が採らない調査手段を用い、それは時として犯罪者の側により近かった。だから「犯罪者対警察」と言うほどには「犯罪者対探偵」という図式は成り立たず、物語はしばしば犯罪者と探偵の純粋な知恵比べの様相をも呈する。乱歩が「二銭銅貨」を書いた時にこの点に意識的だったことは言うまでもないし、「盗まれた手紙」でも話者は暗号を解いて手紙を発見すると、相手を出し抜いたことを誇示するために偽の手紙をもとの隠し場所に残して行くのである。
さて「探偵志願」において面白いのは書簡体になっているという点で、すなわち前述のごろつき探偵が尾行や家捜しを行って警部に報告書を送る。しかしこの調査は全くの的外れで、却ってそれを読んでいた警部が真犯人を突き止めてしまう、という趣向になっている。つまり実は警部こそが探偵(いわゆるアームチェア・ディテクティブ)だったという逆転が一篇の眼目をなしており、且つこのことは、ちょうどポーが「マリー・ロジェ」で示したように、探偵が「警察の捜査 = 実証的な知によっては見出せないもの」を「読む」という行為によって見出して行く者であることを示している。言うまでもなくこれは、読者が新聞 = 小説を「読む」という行為が作中に埋め込まれたものである。
「狂気の結婚」(初出 1874 )。社会派的な意図と主張を持った、しかし同時にごくロマンティックな駆け落ちの物語。「実際に精神病ではない人間が陥れられて監禁されることがある」という司法制度を糾弾したもので、実際の精神病者、「狂人」については何も言っていない。これはすなわち「本当の狂人は監禁すべきだ」という前提に立ち且つそれを補強する言説なのである、といったことが言えるのだろうが、言ってもさして面白くはないな。
最後に翻訳について言っておくと、読みにくくはないが大体において直訳調で、読んでいて苛々することが少なくなかった。関係代名詞を切らずに訳したり、人称代名詞を馬鹿正直に日本語に移したりしていると思しき箇所があちこちにある。例えば「黒い小屋」で:
ですから私は父の夕食の支度をしながら、ムアー農園の乳搾り女中のところに庇護を求めるという彼の案を一笑に付しました。( p.140 )
ここで父を指して「彼の」などと書くのは学生の訳である。或いは「グレンウィズ館の女主人」の:
先週アーヴルに到着した人物は、自分は、十六年ぶりに帰国した兄弟であるとシャトーの二人の御婦人に名乗り出たのですが、彼らからすぐに詐欺師だと見なされてしまい、相手にもしてもらえませんでした。( p.120 )
この「彼ら」というのが誰を指すのかしばらく考えてしまったのだが、どう頑張っても直前の「二人の御婦人」以外に該当するものがない。つまり they を機械的に「彼ら」と訳した、誤訳だと思う。
他にも、例えば「盗まれた手紙」に「手紙のコピー」( p.64 )という言葉が出るが、今の日本語で「コピー」と言えばまず複写機によるそれを指すと思うので、これはどう考えても「写し」と言っておくべきだ。この種の読んでいて引っ掛かる訳が散見された。
読書ノート。
モーパッサンは山のように短編を書いているから、あの短編集この短編集と読んでいるとやがて重複が生じ、例えばこの本は初読なんだけど「藁椅子なおしの女」は読み進めるにつれてどこかで読んだ話だなと思い当たり、調べてみると岩波文庫の高山鉄男編訳『モーパッサン短篇選』に「椅子直しの女」の題で収められていたのだった。こういうことがあるといちいち悔しい思いをするので、記憶に留める意味をもって今回は各作品の梗概も記しておいてやる。
「告白」( 1884 )。田舎娘が駅馬車の御者によって孕んだことを母親に「告白」する。というだけの話なのだが、そんな男に体を許したのは「馬車代をまけてくれたからだ」、と聞くやごく自然に納得してしまうこの母親の反応は、笑いを誘うようでもあり気味が悪いようでもある。気味が悪いのは農民の生々しい貪欲さに触れるからで、それは性とか愛とか結婚・出産といった、市民社会では厳粛でもありまた匿すべきともされる事柄を、全く勘定ずくで捉えてしまう感性なのだが、ただこの「農民の生々しい貪欲さ」自体、近代文学が生み出した表象だろう。例えば安吾が「文学のふるさと」で記している、芥川の許を訪れた農民作家のエピソード。
子供の作文みたいに読点の多い訳が気になった。やや極端な箇所の一例:
母親は、息がきれてきたので、やっと、なぐるのをやめ、はあはあ、肩で息をしていたが、ふと、われにかえると、そうだ、事情は、とことんまで、調べてみなければならないと思った。そこで、また、どなりだした。( p.10 )
「ボニファスおやじの罪」( 1884 )。田舎の配達夫がパリの新聞の三面記事で殺人事件について読む。配達先の家から「うなり声」「叫び声」が聞こえるのを、読んだばかりの記事からの連想でてっきり事件と思い、慌てて憲兵に報せに行く。ところが実はその家の夫婦の愛の営みの声であった、という、読む前から分かりきったオチ。敢えて言えば新聞の三面記事(≒小説)に触発されているところが云々できるのだろうが、まあ深読みはせず笑って済ませるべき短編だと思う。最後まで配達夫が「うちのかかあは、あんな声は出さねえ」( p.28 )と当惑しているところが面白い。
ところで、「読む前から分かりきったオチ」などと書いたついでに述べておくと、例えば今手許にこれまた岩波文庫の『サキ傑作集』という本があって、その訳者による「解説」に次のような文が見える:
サキの短篇にはきちんとした起承転結があり、意外な結末(落ち)が特徴の一つとなっている。短篇小説の名手と言われるフランスのモーパッサンも、有名な「首飾り」のように、意外な結末の短篇を数多く書いているが、その意味で、サキはモーパッサンの系譜に属する短篇作家である。( pp.201-202 )
モーパッサンの短編に対するこの種の評価がどれほど一般的なのかは知らないが、俺が複数の場所で同様の見解を目にする機会をもつ程度には流布していると思ったので引用してみた。さて俺自身はなぜかそういう印象をさっぱり抱いていない。単に「起承転結」があるというだけなら分かるが、それが必ずしも「意外な結末」を伴っているとは思っていない。つまり世の中には「話」を書こうとはせず、或る単一の情景や気分や思想を表現することを狙った短編小説があり、また一方では登場人物があって会話と行動があって筋の展開を持った短編小説がある。何やら「話のない小説論争」みたいだが、とにかく、そう分けるならモーパッサンは明確に後者を書いているとは思う。しかし言うまでもなく筋、「起承転結」がただちに「意外な結末」を意味する筈もないので、例えばこの「ボニファスおやじの罪」のように、読みながら「どう見ても早とちりです。本当に(ry」と勘づきつつも、しかしその分かりきったオチが明かされるまでの過程をニヤニヤしながら読み進めてしまうことは少なくない。
「持参金」( 1884 )。そんなことを考えたので、この作品は「オチが割れた上で最後まで読ませる小説」だと思って読んでしまった。すなわち田舎のお嬢さんが美男子と結婚し、夫婦でパリに旅行に行くが、夫は持参金を持って逃げてしまう、という話なのだが、これも途中で、ああこの男は持ち逃げするなと読めてしまう。具体的には冒頭の:
ルブリュマン君は、最近、パピヨン先生から公証人の株を譲り受けることに話を決めたが、それには、もちろん、金を払わなければならない。ところで、ジャンヌ・コルディエ嬢には、現金および証券類で、正味三十万フランの持参金がついている。( p.30 )
この 3 行で話は終わっているようなものだし、遅くともパリへ発つ停車場での会話でそれははっきりする。ここでは「結末の意外さ」といったものは、明らかにそれほど重視されていないように思う。そしてそれだけに、続く蜜月というかバカップルぶりの描写が実に意地悪く際立つ。
二人は急いで乗りこんだが、その仕切りには、すでに二人の老婦人が乗っていた。
ルブリュマン君は、細君の耳に口をつけて、
「弱ったね、これじゃあ、煙草ものめやしない」
すると、細君も、小さい声で、
「あたしも困るわ。フフ、でも、あなたが、煙草がのめないためじゃなくってよ」( pp.32-33 )
その他、パリの辻馬車に乗り合わせる庶民たちが、それぞれ匂い(というか悪臭)によって描写されているのは面白いと思った。
「寝台二十九号」( 1884 )。絵に描いたようなイケメンの大尉がルーアンの街で美女と懇意になる。女はどこぞの工場主の二号である。普仏戦争の勃発で涙ながらに別れて、終戦後にルーアンに戻ると女は黴毒で入院している。黴毒への嫌悪感で愛も醒めるが、女によればプロシア人に犯されて伝染されたのだ、だから「仇を討ってやろうと」「できるだけ大勢に、伝染してやったのよ」( p.58 )。黴毒ないし一般に病というモチーフは文学史的に面白い、とは言える。例えば大尉が女を見舞った後、同僚に尋ねられると「うん、だいぶ、わるいんだ、……肺炎でね」( p.61 )と誤魔化す。ここで「結核」を持ち出してくれれば『椿姫』で完璧なのだが、といった意味で。
「口髭」( 1883 )。口髭フェチの女が男の口髭の魅力について熱心に語る書簡体。女性から見た男性の魅力の官能的な描写というのは、少なくともこの時代の小説としては珍しいのではないかと思った。春本も含めて余り見かけた記憶がない。
いちばん、いいのは、あの、くすぐられるような感じ、――たまりませんわ。相手の口よりも先に、口髭がさわるでしょう。すると、全身に、足の爪先にまで、なんともいえない快感が走ります。そうよ、たしかに口髭ですわ、あたしたちの皮膚に、神経に、あの、まるで寒けのようなゾクゾクする、微妙な戦慄をつたえ、あたしたちに、思わず、「ああ」と小さく叫ばせるのは……。
それから、首筋! ――あなた、首筋に、口髭で、さわられたことが、おありになって? それは、あなたを酔わせ、しびれさせ、その感じは、まるで電気のように背筋をつらぬいて、足の爪先にまで、つたわります。女は、思わず、身をくねらせ、肩をねじり、顔をのけぞらせてしまうものよ。逃げだしたいような、逃げだしたくないような、……うっとりするような、そのくせ、ちょっと、いらいらするような感じ。でも、やっぱり、すばらしく、いいものですわ。( p.71 )
よくまあ書いたものである。
前半はこうした個人的なフェティシズムの吐露なのだが、後半は妙に社会的な広がりを見せるようになる。農務大臣の演説の一節「農業なくして愛国心なし!」を「口髭なくして恋愛なし!」と言い換え、更に娘時代に普仏戦争の戦死者を見て口髭からフランス人の死体を識別したというエピソードが語られる。モーパッサンには上記「寝台二十九号」も含めて普仏戦争を背景にした反戦的・ナショナリズム的傾向の作品群があるが、前半の軽妙でエロティックな話がそのままナショナリズムに接続して行くという点でこの「口髭」は特異でもあり、また優れてもいると思う。こんなのどう考えてもフランス人以外には出来ない芸当だろう。
「宝石」( 1883 )。訳者の「あとがき」によると「これを書き直したのが、あの有名な短篇『頸飾』(……)であるといわれているが、『頸飾』が話があまりに出来すぎていて余韻に乏しいのに比し、芸術的には、この『宝石』のほうが遥かに優れていると思われる」( p.112 )。この評価には全面的に賛同する。
「貞淑、この上もない女性」( p.80 )を妻とした男の話。妻は芝居見物とまがい物の宝石集めに奇妙なほど熱中するが、ある日ぽっくり死んでしまう。夫は悲しみに耽るが、やがて家計を遣り繰りする妻がいないため生活が苦しくなってくる。そこで妻の形見のまがい物の宝石を売ろうとすると、これが大変価値のある本物だと分かる。最終的には、妻がどうやら芝居見物と偽って不義を重ねていて、宝石類はその男から贈られたものだと分かる。
面白いのはここからで、そうと分かった時には気を失うほどのショックを受けた男も、全ての宝石を売り払って大金を手にすると、急に心が晴れ晴れとしてしまう。ここの気持ちの描写が良い。
街に立って、ヴァンドームの円柱を眺めると、棒のぼりの競争でもするように、それに、するする、のぼっていきたくなった。それほど、身軽さを感じる。円柱の上のナポレオン大帝の像を、木馬でも飛ぶように、ひらりと、飛びこせそうな気がする。( p.92 )
蓋し市民社会(それこそフロイトが神経症の婦人を診察していた時代の)における愛と金と欲望の原理をよく描いた一篇と思う。なにぶん短編で人物が駒扱いだから、心理的に同情して読むとこの変わり身の早さは酷薄に思えるが、煎じ詰めれば愛という神経症は金という神経症によって癒されるのだ、という「小説的真理」がここには語られている。なるほど 19 世紀フランスの立派な小説家たちが、伊達に姦通と遺産相続の話ばかりを書いていたわけではないのだな、と思わされる。
「藁椅子なおしの女」( 1882 )。これも「愛と金」の話。家族ぐるみ馬車に乗って村々を回り、椅子の修繕をして日銭を稼ぐという商売があったらしい。その椅子直し屋の娘(後に老婆)の、村の薬剤師の息子(後に旦那)に対する生涯を通じての愛の物語。坊っちゃんが金をなくして困っているのを見て、彼女が貯めた小遣いを与えて接吻したというのが馴れ初めで、以後この村にやって来る度に金を与えては抱き締めて接吻させてもらうのが慣例になる。長じて後はガラス戸越しに彼を垣間見たり、常備薬を買ったりする程度になるが、老婆は死ぬまで彼のために金を貯め続ける。そして死の間際に、語り手である医師に貯めた金を彼に贈ってくれるよう遺言する。
医師が薬剤師の許を訪れことの仔細を語ると、彼は自尊心を傷付けられた様子で大いに怒る。ところが「遺産」の件に及ぶと急に態度を改め、「せっかく、あの女が、あなたに、たのんだことですから。……」( p.108 )と、要するに金だけは受け取ると言い出す。
無知な女の純粋な愛の物語として読んでも勿論良いのだが、それにしても金を与えて接吻「させてもらう」とは随分また奇妙な愛の形である。もう少し考えてみたい。
読書ノート。
19 世紀初頭のドイツ(ライン地方)の庶民向けカレンダーに書かれた短い物語を集めたもの。おおまかに分類すると、まず(ここに訳出されたものとしては)教訓話、笑話、頓智話、詐欺師の話、仁君説話、宗教説話などが大部分を占める。「ヤーコプ・フンベル」「ペンザの仕立て屋」は市井の人間の伝記を通じた教訓話。「雨さまざま」「モグラ」は自然科学の知識によって迷信・俗信を打破する啓蒙主義的エッセイ。「ライデン市の被災」はニュース。「大都会ではどれだけ消費されるか」は統計資料。
訳者による解説ではヘーベルの啓蒙主義、宗教観、そしてコスモポリタン的相対主義的「遠近法」という観点が述べられているが、俺はそれほど興味を抱かないし、もしくはそこまでこの作家のことを知らないので、ほぼ当時の民間習俗を窺い知る資料として読んでしまった。気になったものを列挙しておく。
読書ノート。
原著 1904 年。平井呈一による 1965 年の改訳版。ちなみにサッカレー『床屋コックスの日記・馬丁粋語録』( ASIN: 4003222776 )を読んで以来、俺の中で平井呈一は誰が何と言おうと名訳者ということになっている。
まあこういうのは折々読み返しては古酒でも味わうように陶然たる気分に酔うのが良いのであって、読みました、感想を抱きました、かくかくしかじか以上ですなどと述べるのも憚られるようなところがある。そこで今日は最後に収められた「虫の研究」、の中でも「蟻」についてだけ少し書く。
「虫の研究」は怪談ではなく和漢の文学作品にあらわれた虫を巡るエッセイなのだが、中でも「蟻」は異色で、当時の蟻社会の研究成果をもとに、または蟻社会に託して、ハーバート・スペンサーなどを引きつつ、人間社会の進化、やや後の言葉で言えば「改造」を論じている。まずデヴィッド・シャープなる学者による、蟻の社会が「個体は、いわば、その共存団体の利益のために犠牲にされているか、もしくは、分化されている」( p.169 )という説。これが或る理想的な社会の理念として描かれるような言説は、例えば共産主義や、後のファシズムとの関わりで読み解かれねばならないだろう(ここで一つどうでもいい思い出を語らせていただくと、小学生の頃に「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という協調性の標語を好んで語る教師が複数いて、紙に書いて教室に掲げさえしていたのだけれど、後に高校生になって『戦艦ポチョムキン』を観たところプロレタリアートの反乱が起こって一番盛り上がる場面でこの台詞が出て来て、何とまああの教師たちはアカだったのかと驚いたという経験を俺は持っている)。
これらの労働は、すべてみな国家のためにするのであって、その市民は、あらゆる物を公共物として考える以外に、「私有財産」などというものを考えることのできるものは、一人もない。( p.174 )
そしてこれが高い倫理性を備えた世界として語られるのだから、殆どグラムシである。
次に、蟻の社会が女性中心であるということ。女性問題、例えば婦人参政権や、それに関連して「新しい性風俗」とは、これまた少し後、 1930 年代に獄中のグラムシが着手した問題の一つであった。或いはフロイトの理論が同時代に与えた衝撃の残響などもここに聴き取ることが出来るかも知れない。「性の抑圧」( p.180 )を達成した社会の倫理的・経済的な進歩性などというのは、今ではまるで流行らない夢想だろうが、こういうことがかつて一度は真面目に論じられていたという事実は気に懸けておくに値すると思う。
ただ、この社会での男性の扱いについては別種の興味を覚える。
この奇妙な世界では、雄は、戦うことも、働くことも、両方ともできない劣等者なのであって、ただ、なくてはならない厄介者として、我慢して置いてもらっているのである。( p.176 )
これはまさしくサガノヘルマー『レゾレゾ』の世界ではないか。サガノヘルマーはこの一文に触発されてあの作品を描いたのだ、と言われてもすんなり信じてしまいそうなくらいの相似性だし、逆に言えば『レゾレゾ』の「よくこんなの考えたな」と溜息を吐くしかない電波ワールドも、実は相応に由緒正しい伝統を背負っていたのだと思わせられる。実際、虫というモチーフを除くなら例えば『家畜人ヤプー』のような先蹤は無論あるわけで、これは寧ろ「女性上位・中心社会で奴隷のごとく扱われる男」という類型の伝統を読み取るべきなのかも知れない。ラフカディオ・ハーンから『家畜人ヤプー』を経てサガノヘルマーに引かれる線というのはいかにも奇矯だが、面白い。
読書ノート。
長いタイトルの例として引かれることもある本。奥付を見ると
1928 年 11 月 30 日 第 1 刷発行
1993 年 9 月 22 日 第 2 刷発行
とあって、俄かに信じ難く何かの間違いではないかとさえ思いつつ、この通りである可能性があるのだから岩波文庫というやつには恐れ入るが、それはともかく、初版時の題は『イワーン・イワーノヰッチとイワーン・ニキーフォロヰッチとが喧嘩をした話』だったので、 65 年を経て再版時に更に 2 文字ばかり伸びたことになる。
ロシアの 2 人の田舎地主の馬鹿げた喧嘩をユーモアと諧謔と皮肉を交えて描いた中篇、まあ長いものを書くロシア人にとっては短編。ゴーゴリには『地霊』のようにあからさまに幻想的な作品の系列もあるが、この種の同時代のロシアに取材した風刺的な作品にもまた別種の幻想性が垣間見えて、そこが面白い。あらゆる近代小説が拠って立つ「この世界」を舞台としながらも、奇妙な描写と大袈裟な語りが明らかに狭義の写実主義とは反しており、同時代( 19 世紀前半)の所謂近代小説とは違ったところがある。この作品で言えば、肥大漢のイワーン・ニキーフォロウィッチが裁判所の戸口につかえて身動きがとれなくなる場面や、続いて豚が駆け込んできて請願書を咥えて走り去って行くという場面などがそれに当たる。
これはどこか民話やおとぎ話に見るような超現実性・荒唐無稽さなのだが、しかしそれは例えばドイツ・ロマン派におけるメルヒェンともまた異なっており(『地霊』の系列の作品はややそれに近いかも知れない)、敢えて言えばカフカに近いものを感じる。幻想による別世界を樹立するわけではなく、あくまで「この世界」の中にあって、その条理を乱すことなく荒唐無稽なことが起きるという、あの奇妙な幻想の感覚だ。
人を喰ったような描写は、これまた明らかに近代小説とは異なった技法によるもので、例えばゴーゴリの人物描写の典型的なものは次のような文章だ:
で、是等の八つの官服のボタンは、まるで百姓の女共が植ゑ附ける豆のやうな塩梅に附けられてあつた。――或る物は右へ、また或る物は左へと、でこぼこにねぢれて附いてゐた。彼の左足は最近の戦争に銃弾の貫通を受けた。でその結果、彼は跛を曳き乍ら、不具になつた此の左足を、右足の労力の殆んど凡てがその為めに台無しになつてしまふ程、それ程遠く横つちよの方へ、ヒョコリヒョコリと踏み出すのであつた。署長が歩調を早めれば早める程、その前進は遅々となつた。( p.66 )
素晴らしいスットボケぶりだと思うが、俺としては読む都度、初期の宇野浩二に与えた決定的な影響に思いを致さざるを得ない。日本近代文学において二葉亭に始まるロシア文学の影響史というのは興味深いテーマで、それは結局「なぜよりによってロシアなのか」という問いに帰着するように思うのだが、宇野浩二におけるゴーゴリの影響、ないし摂取というのも、「なぜよりによってゴーゴリなのか」という問いを立てさせずにはいない、何か解し難い情熱がある。例えば「二人の青木愛三郎」がポーの「ウィリアム・ウィルソン」を下敷きにしていることは誰でも分かるが、同時にこのネーミングセンスは「アカーキイ・アカーキエウィッチ」といったゴーゴリ的ロシア人が念頭にある筈だし、「子を貸し屋」はなるほど日本語としてはちょっと変わっているが、これもまず間違いなく「コーカシア」(コーカサス)の洒落だろうと俺は思っている。後年『ゴオゴリ』という本を書いていることに比べればこれらは瑣末な例に見えるけれど、寧ろ「そんなことまでゴーゴリなのか」という事例としてここで指摘しておく。
宇野浩二の影響下から出発した江戸川乱歩と横溝正史について、「とりあえず宇野浩二的人物とでも呼ぶしかない特異な作中人物達に、乱歩が自己との同質性を嗅ぎとっていた」と指摘したのは武田信明だったが、そもそも「宇野浩二的人物」というのがゴーゴリの影響下で成立している、或いはゴーゴリから受け継いだ文体において可能になった、ということも一定の確実性をもって言えるように思う。
他に気になった点として、ゴーゴリはここでも「鼻」について書いている。
私は茲で白状するが、何で女が吾々の鼻を、土瓶の柄でも掴む如く、巧みに掴むやうな仕組みになつてゐるのか、私にはとんと分からないのである。虫も殺さぬ白魚のやうな彼女等の手が、さういふ具合に出来てゐるのかしら、それとも吾々の此の鼻が、それ以外に何の役にも立たないのだらうか? そこで、イワーン・ニキーフォロヰッチの鼻が、ある程度まで杏に似てゐたにも拘らず、彼女は矢張りそれを掴んで、犬ころか何ぞのやうに自由に引廻してゐるのだつた。( p.40 )
文学における「鼻」というテーマについてはかなり昔から考えていて、例えばゴーゴリの『鼻』、芥川の「鼻」、漱石『猫』の鼻論、夢野久作「鼻の表現」等は或る程度纏まった言及だが、上記のような断片まで算え上げて行けば、時代的にも場所的にも何ら共通点のない作家たちがなぜか揃いも揃って鼻にこだわり続けたさまが浮かび上がり、奇異の念に打たれるほどなのである。ちなみに Wikipedia の「鼻毛」の項には文学における鼻毛への言及・エピソードが連ねられているが、「鼻」の項には残念ながらそれに相当するものがない。誰か書いてほしい。
読書ノートつづき。
漱石門下生を片っ端からフォローするほどの閑人でもないので初読なんだが、さっぱり期待せずに読み始めただけに表題作(初出『ホトトギス』明治 39 = 1906 年 5 月)には感心してしまった。話としては学生が静養に行った田舎の島(恐らく、広島の能美島)で藤さんという女と出会い、淡い恋のようなものを抱いてそのまま別れるというだけの、まあ学生の処女作らしいロマンティックで甘ったるい短編なのだが、それにしても幾つか驚くべきところがある。まず語り手がこの話を極めて意識的に「話」に作っているところが特異だ。
主人公でもある語り手が、しかし物語に完全に没入して一登場人物となり了せるのではなく、或る距離を保って物語を創作しているという位置関係、これは一つには文章の問題なのかも知れない。言い換えると、それこそ『ホトトギス』的な写生文、或いは同年の漱石『草枕』などを念頭に置くべきなのかも知れない。文末は全て現在形だし、冒頭からして 2 行の叙景の後に「洋服で丘を上つて来たのは自分である。」( p.6 )と、「自分」を風景の中に描き込むような語りをしている。少し先にも「二人はこのやうな話をしながら待つてゐる。」( p.11 )とあるが、この「二人」には「自分」が含まれているのである。つまり所謂小説的な客観描写が成立しきる前の書きぶりを受け継いでいる。
しかし、同時にここには国木田独歩『武蔵野』(明治 34 = 1901 年)で成立したような、ロマンティックな内面化のプロセスが同居している。それは、藤さんが「よその伯父さん」に連れられて急に発ってしまい、「深い谷底へ一人取残されたやうな心持」( p.44 )になった時から始まる。「自分」は山の上から藤さんの乗っている船を探す。あれが「藤さんの船に違ひない。」( p.45 )と、まず目星をつける。しかし、しばらく眺めていると他の船の帆が見える。「よく見えて永く消えないのが藤さんの船でなければならぬ。」( p.47 )と決める。ところが、その船はこちらへ帰る船のようである。ではやはりさっきのが藤さんの船なのか。分からない。遂に「自分」は、苛立ち紛れに「それに極めねば収まりがつかない。無理でもそれに違ひない、と権柄づくで自説を貫いて、こそこそと山を下りはじめる。」( p.48 )
はっきりした事実は何も分かっていないのだが、内面でそうだったものと思っておくことで、「わが説が嘲りの中に退けられたやう」な「不快」( p.48 )に、謂わば復讐する。この心的挙動は、次に藤さんからの置手紙を空想することになる。すなわち本文にいきなり藤さんの置手紙の引用が始まるのだが、直後に「これは(……)自分が胸の中で書いた手紙である。」( p.49 )とあって、順を追って読んでいる読者を騙すような作文である。そんなことが現実に起こってくれれば、「自分」の気持ちも少しは鎮められるのかも知れない。「併しやつぱりそんな手紙はなかつた。」( p.50 )
この非情な現実を内面において塗り替える契機をもたらすのが、「机の抽斗」から出て来た「緋の紋羽二重に絳絹裏の附いた、一尺八寸の襦袢の片袖」( p.50 )である。これも、無論藤さんが形見に残したという確証はない。しかし「自分」はそれを内面的な処理によって、そうだということにしてしまう。ここの心理の動きの描写は非常に的確である。「別に証拠と言つては無いのだから」「容易に信じられる訳もない」「併し(……)藤さんのに相違はない」。「断言出来ぬけれど」、「藤さんのした事に極つてゐる」。「そう推定したつて無理とは言へまい」(以上、 p.50 )。
最後に、この話を「話」として完結させるために、言い換えれば現実を拒絶して内面で作り上げた物語が再び現実によって壊されまいために、「自分」は以後藤さんの事情に自ら耳を閉ざす。かくして「話」は完成し、見事な落ちである最後の一行に行き着く。
ロマン主義的な内面化の完成という点以外に面白いと思ったのは、まず「自分」も藤さんも、更には章坊も( p.21 )、この「小母さん」の家に住みながらいずれもその実の子ではなく、従ってこれは擬似家族のような環境なのである。それに関連して、「自分」と藤さんの関係はしばしば、ごく自然に兄妹に擬えられる。小母さんは「まるで兄妹かなぞのように思つてゐるんですもの」( p.22 )と言い、空想の手紙には「あなたさまはいつまでも私のお兄さまにておはし候」( p.49 )とあり、実際藤さんも「兄さん」と呼んでいる( p.24, 34 )。これが俺の個人的な趣味嗜好を満足させるという以上に興味深いのは、この極めて明治然とした文体の、且つロマンティックで漱石門下らしい反自然主義的な小説が、しかし家族・血縁・肉親といった問題を介して大正期の自然主義小説・私小説へと着実に接合しているように思われるからだ。
例えば藤さんが発ったことを知り「埠頭場まで駈けつけ」( p.44 )ようかと逡巡する場面の数行の心理描写は、非常に「私小説」的だと思う。つまり考えたり感じたりする主体がポジティブにあるのではなく、常に他者との関係の網の目の中で思考や判断や感情が形成され、主体も寧ろその結果として現われるかのような叙述。これが明治 39 年時点で取り立てて先駆的だったとまでは言わないが、例えば牧野信一の初期作品が殆どそれだけによって書かれているような、神経的に揺れ動く心理記述の原型のように読めるのだ。
他者との関係の網の目というのは、具体的には肉親のことである。私小説、例えば志賀直哉の文体における肉体性・身体感覚への執着は、肉親という狭く濃密な人間関係・家族史の中で「主体」が成立するような世界と切り離し得ず、それ故に或るリアリティを持ち得た。戦後文学において失われたのは、まずこのような世界だった。それが必ずしも社会構造の変化を忠実に反映しただけの結果ではないことは、例えばギャルゲーにおける主人公の両親・家族に対する徹底した黙殺ぶりを見れば分かる。人は肉親との濃密な関係を書きたがらないか、或いは単に書けなくなっている、つまりそれを記述するための言葉を失っている。しかも、今のわれわれにとってはその黙殺の方が時に「リアル」たり得るのだ。
次に、学生が──書かれてはいないが恐らくは地方出身で上京している学生が、病んで瀬戸内の島を訪れるというシチュエーション。これはまず、『浮雲』に始まり『三四郎』を経て、「悪魔」等初期の谷崎潤一郎や、谷崎の影響下から出発した牧野信一にまで連なる、明治・大正期の小説における「上京学生もの」とでも仮に名付けられるパターンの陰画である。このパターンの小説では、『三四郎』は少し違うが、大抵主人公の学生が進学とともに東京に出て来て、親戚の小母さんの家に下宿し、その家の従妹に(「と」ではない)、恋をする。『こころ』すら或る部分でこのパターンをなぞっている。そして「千鳥」は、この道筋を逆方向に辿った作品として読める。
また本作の叙景は実体験に基づいているだけあってか非常に印象的だが、瀬戸内海の小島・海・山の景色というのは、恐らく『土佐日記』にまで遡り得る日本文学の原風景の一つを成している。近代文学で言えば、例えば正宗白鳥「入江のほとり」との比較が可能だろう。
他にも読みどころになりそうな箇所が幾つもあって、非常によく編まれた、読み込み甲斐のあるテクストだと思う。こういうことがある度に思うんだが明治期の小説を読むのは、その後のあらゆる歴史的発展の萌芽が見受けられたり、僅か 5 年ほどの間にその後の時代の 10 年 20 年に匹敵する実験が集中的に行われていたりして、要するに '60 年代のロックを聴くかのごとくだ。ちなみに本書に収められた他の短編は余り感心しなかった。作者の第 2 作に当たる「山彦」は、長さとしては「千鳥」と同等なんだけど遥かに散漫で、最後まで筆がふらふらしている凡作だと思う。尤も個人的にはこの種のいかにも若書きという小説を嫌いではないのだが。
惟うにブラウザから日記を投稿できるしくみとはたしかにかなりべんりなもので、ちょっと思い立った時にもすぐ書き込めるとなれば更新頻度も上がろうというものだけれど、よく考えてみたら俺は別に更新頻度を上げるべき必要も欲求も何もないんだった。なので CGI は消して、 3 ヶ月分の日記はまあせっかく書いたのだから静的な HTML ファイルへとコンバートして、ついでに余りに下らない一と言だけの更新とかは削除して行ったら他のところもどんどん消したくなってびっくりした。
さて長らくフィクションが読めなくなっていたのだけれど、そろそろリハビリがてらというか初心に還ってというか、岩波文庫の赤と緑辺りで、それも薄いもの、短いものを選んでぽつぽつと読んで行こうかと思った。
1816 年。まあドイツ・ロマン派らしいメルヘンで、読めば読んだなりに楽しい小説。ドイツ・ロマン派にありがちなカトリックへの回帰(俺はこれが好きではない)に前後して作られた作品だそうで、実際主人公らは何かにつけて神に祈っている。
訳者の解説によると、この作品はバジーレの『ペンタメローネ』の「雄鶏の石」なる話が種本なのだそうだが、俺は読んだことがない。仕方ないので解説に書いてある「雄鶏の石」の梗概と読み比べる限り、最大の差異は鳥に対するこだわりである。ゴッケル、ヒンケル、ガッケライア、或いは「貪卵王」といった名はいずれも鳥(鶏)に因んでいるし、ゴッケルの先祖は「王家につかえて、キジとニワトリの番をしていた」( p.11 )という家柄で、単に雄鶏を売りに行こうとするだけの「雄鶏の石」のアニエロとは異なる。ゴッケルの荒れた城には様々な鳥が群をなし、雄鶏アレクトリオは忠臣という扱いである。つまりこれは西欧における「鳥文学」の系譜に連なる作品と言える( see also: 2005-12-07 )。アレクトリオの死を悼む演説( pp.67-70 )は、これも解説によると「スイスの医者であり動物学者であったコンラド・ゲスナー Konrad Gesner (一五一六‐六五)の著書『鳥の本 Vogelbuch 』によっている」( p.153 )そうだが、鳥に関する百科全書的な記述で、「鳥文学」を考える上で興味深い。
「ネズミの王国」及び動物報恩譚というモチーフは「雄鶏の石」に既に見えるようだが、日本の「鼠の浄土」と同型なのが面白い。「人間は寝ている時にだけ、動物の言葉がわかる」( p.22, 127 )というのも、或いは世界的に見られる発想かも知れない。
なおこの話でネズミはチーズとアーモンドが好きということになっているが(「パルマチーズの玉座」( p.24 )、チーズで作られた都の描写( p.131 )。またネズミの名の「マンデルビス」はアーモンドに因む)、ネズミとチーズの組み合わせ、ないし一般に或る動物が或る食べ物を好むというディスクール、については辿ってみる必要があるのかも知れない。と言うのは、以前「ネズミはチーズを食べない」という話を読んだ。そして今検索してみると、案の定と言ってしまえばそれまでだが、それに対する検証記事も出て来た。現実のネズミが果たしてチーズを好むや好まざるやはどうでもよいのだが、ホールデンの「 Rats 」を経てトムとジェリーに至るまで、いずれにせよネズミとチーズという組み合わせは、西洋におけるとりわけ子供向けの物語で一つの commonplace となっている。これは「文学」の問題であり、また動物ではなく人間の問題なのである。