アルト (2008-11-18 18:12:48)

「いただきじゃんがりあんR」MOSAIC.WAV
http://jp.youtube.com/watch?v=KCAA5IMw8oI
「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」miko
http://jp.youtube.com/watch?v=0K2Rlwj6aFE&feature=related
これらのオタク系の音楽をどう思いますか?
できれば音楽史に位置づけて語ってほしいと思っています。


astazapote (2008-11-18 03:39:42)

Manic Street Preachers - Faster (1994)

それだけに、 "Faster / P.C.P." の両 A 面シングルがリリースされた時は心底驚いた。驚いたと言うか、このバンドに何が起こったのかさっぱり理解できない、というのが正直な印象だったと思う。神経を逆撫でするリフを主体に組み立てられた楽曲は 2nd でのメロディアス路線を忘れ果てたかの如くで、かと言ってパンク的な疾走感を主体とする初期のスタイルに単に回帰したわけではないことは、例えばグランジ / オルタナ文脈との影響なり抵抗なりを窺わせる異様に硬質なサウンドからも明らかだと思うが、それにしてもここまで苛立たしいと言うか取り付く島のない音楽をシアトルの連中は決して演らなかった(『ネヴァーマインド』は何と良質のポップアルバムだったことか)。この感覚は、まことにロックだと思う。

程なくして発表された 3rd アルバムは、今となっては彼らのディスコグラフィの中でもごく評価の高い一作ではあるが、まあ売れることがないのははっきりしている種類の作品だし、況してオアシスとブラーがそろそろ表舞台に出揃おうという時代の流れを鑑みれば当時これが受け入れられる余地があった筈もない。ジェームズが IRA テロリスト風のいでたちで登場して苦情が殺到した Top of the Pops での伝説的なライブ映像には、この時期の彼らの圧倒的な異物感・空気の読めなさがよく顕れていると思う。ハードなサウンドということで取り敢えず火とか燃やしてみる番組や、何を勘違いしたかロックバンドのライブにでも来たかのように楽しげに腕を振り上げてノってみる聴衆の白々しさも感動的だが、何より最後にマイクを向けられた女の曖昧な反応が全てを物語っている。


astazapote (2008-11-16 04:13:33)

Manic Street Preachers - From Despair To Where (1993)

その後のマニックスは周知の通り解散宣言を撤回し、順調に(こういう表現がいちいち皮肉にしか聞こえない)、音楽活動を継続させることとなる。タイトルからしてカバー曲とは思えないほど似つかわしい "Suicide Is Painless" ( 1992 )を経て、遂にリリースされてしまった 2nd アルバムを俺も随分愛憎半ばする気持ちで聴いたわけである。なんか気が付いたらディスコグラフィーを丹念に辿り始めてしまっているんだけど、そろそろ終わるので許してください。

例に因って大仰に『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』と題されたこのアルバムを初めて聴いて、高校生の俺は「長く聴けそうだ」という何やら切ない感想をノートに書きつけた。演奏能力、とりわけリズム隊の進歩は一聴して顕著だし、 10 曲 43 分というボリュームも身の丈に相応である。ストリングスの導入も後の "Everything Must Go" ほどの大袈裟さはなく、特にこの "From Despair To Where" のブリッジなんかは上手い。歌詞もまあ不相変絶望とか悲しみとか言っていてちょっと辟易する人もあるだろうが、だったら 1st での露骨な政治色にはもっとげんなりするわけで、 "The adult world took it all away" といった青臭いセンチメンタリズムの魅力を今も俺は否定し難い。

PV も随分変わった。既に "Slash 'N' Burn" はライブ映像とオフショット、 "Motorcycle Emptiness" は来日時の模様で構成されていて、著名人の肖像もなければカミュの『転落』やら五月革命でのシチュアシオニスト・アンテルナシオナルのグラフィティやらを掲げたがる性癖もすっかり影を潜めているので、寧ろ敢えてアメリカの凡庸なハードロックバンド風 PV を作ることに批評的意図が存したのかなどと勘繰りたくなるほどだったが、ここに至っては殆ど普通に人に見せられる水準ではないか。

ただ総じて俺は、フォーマットどおりに達者に作られただけのロック・ミュージックというものを評価しない。極論すれば――とは飽く迄修辞で自分では客観的な事実だと思っているのだが、ロックというジャンルはローリング・ストーンズで始まって終わっているのであって、それが今に至るまで数十年も延命しているのはリスナーたる大衆の受容力の低さと資本主義の賜物であると考える(だからグランジは録音の問題なのだ)。そしてマニックスはまさにそうした「達者なロック」へのアンチテーゼとして登場しただけに、例えば "Life Becoming A Landslide" が良い例だが、日本でのライブの光景を収めた PV でも分かる通りオーディエンスが大合唱できる所謂スタジアム・ロックにも接近する楽曲などには、当時いよいよ「愛憎半ばする」「切ない感想」を抱かずにいられなかった。

――尤も、俺の記憶では別にこの 2 度目の来日公演も決して大人しいものではなかった。最初で最後になる筈だった初来日公演の狂乱ぶり( 3 days でクラブチッタ川崎の床が壊滅して全て張り替えねばならなくなり、 2 度目は許可が下りなかったため別の会場を探すことになったという逸話の真偽を俺は未だ確かめ得ていない)に比べれば成る程若干熱度は下がり、客の間にも嫌な連帯感のようなものがあったとは思うが、それでも "Motown Junk" なんかが演奏されれば当然俺ももみくちゃにされたもので、具体的に言うと尻ポケに『地獄の季節』を収めてライブに赴いたお蔭で終演後の渋谷 On Air East のフロアにランボーのページをばら撒くこととなったのは他ならぬ俺だったわけだがこれは誰にも言わず墓場まで持って行くつもりの黒歴史なので忘れてください。


astazapote (2008-11-07 10:01:07)

洋酒もそこそこ充実している近所のディスカウント酒店に、多分もう製造中止になっているチェコのアブサンが普通に売っていて、 6,000 円の酒は俺の収入で許されるのかと 3 秒くらい悩んだわけだけど、いや旨かったねこれは。過去形なのは、なにぶん「ちびちび」とか「特別な日に」とか難しい飲み方が出来ないから、連日「俺ヴェルレーヌうへへへ」とか言いながらぐでんぐでんになるまで飲んで、あっという間になくなったからなんだけど。そういうわけで最近はまた安ウィスキーの日々で、ああでも寧ろ詩人はウィスキーだというイメージがあるな。

Manic Street Preachers - Slash 'N' Burn (1992)

続き。例に因って大仰に『ジェネレーション・テロリスト』と題されたアルバムは、 2 枚組 30 曲入りという予告を覆して全 17 曲となったが、成長と言うならまさに驚嘆すべき成長ぶりを示している。アメリカ寄りのハードロックをベースとしつつ、 "Little Baby Nothing" や "Motorcycle Emptiness" といったバラードあり、 The Bomb Squad にリミックスを依頼したヒップホップあり、また最初期の楽曲の一つ "Tennessee" もダイナミックなアレンジで再レコーディングされている。音楽的な幅の広さと言うより、単にあれこれ手を出したがって(そして取り敢えず出せてしまって)、その結果出す曲ごとに何だかスタイルがコロコロ変わるバンドというのが、それこそオレンジレンジにせよ或いは Dir en grey にせよ '90 年代後半くらいから増えた気がするのだが、そうしたありようの先駆として見てもやはり面白いバンドだと思う。――とは言えまた 70 分余りを通して聴くにはちょっと辛い作品であることも認めざるを得ず、後半はいい加減ジェームズのヴォーカルが単調に感じられてくるし、曲の並べ方にも随分首をかしげさせるようなところがある。

とか一応書いてはみたものの、これがどの程度妥当な、或いは公平な評価なのか、実のところ自分では判断がつかない。何しろ思い入れと思い出とによって完全に色付けされてしまっているアルバムだから、例えば 1992 年生まれのガキが今、また逆に 1992 年時点で 33 歳だったオヤジが当時、これを聴いてどう思うのか・思ったのか、正直なところ俺には想像もつかない。やはりありがちで退屈で「別にこれでなくてもいい」音楽なのかも知れないし、ひょっとするとアルバムの冒頭を飾る "Slash 'N' Burn" のリフは時代を超えてかっこいいのかも知れない。


astazapote (2008-11-04 22:40:55)

Manic Street Preachers - Love's Sweet Exile (1991)

何しろそれまでは疾走感と言えば少し格好もつくが要するに勢いだけでやっているような曲ばかりだったので、このシングルがリリースされた時は「こんなことも出来るのか」という嬉しい驚きがあった。いやホント当時は、とにかくファンだから "New Art Riot" とか "Underground Rockers Vol.2" とかの変な初期音源まで蒐めて回ったわけだけど、これがもうことごとく作曲能力も演奏能力も低すぎてお話にならない水準で、でも頑張って聴いては「ひょっとして俺は金と時間をすごく無駄にしているのではないか」と悩んだりしていたので、そのバンドが音楽的にどうにか成長し始めたとなればそれはもう嬉しさも驚きも一入なのである。

ともあれ「好きなバンドの音楽がさっぱり良いと思えない」という事態は、なかなか批評的に教訓的な経験だったように思う。或る曲を聴いてその曲が好きになる、その曲を演っているバンドが好きになる、それが自然な流れだと人は言うし、経験的にもその通りだとつい思ってしまう。しかし何かや誰かを好きになるというのは実のところそれほど自然なことではなく、寧ろ恐ろしく微妙な力学の上に生起する事件じみたものだという、この間の機微を身をもって学習できたのだから……と書いてみると何だか言い訳じみて見えるから困るな。それにしても、どう理屈を並べても到底擁護できそうにない、客観的にはダメなものであることが自分でも分かっているものを、にも拘らず好きになってしまった場合の身の処し方、と言ったらこれはもう批評だろう?


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